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【本来】を知って【将来】を見出そう!(その1)

◇◇【本来】を知って【将来】を見出そう!【その1】◇◇【2004年7月16日に作成した<第339回>より】 
●神はキリスト(愛)を目的に、キリストに在りて、キリストをして、
 宇宙万物を造り給へり(内村鑑三
●【愛】をもって宇宙を造り、宇宙の目的は【愛】、その成りし手段は【愛】、
 その原理と精神は【愛】、宇宙は犠牲によりて成る(内村鑑三

先日のTV番組で興味深い紹介がありました。日本の国学創始者である本居宣長
日本独自の精神を再発見するためには、日本の「古(いにしえ)の神々」をそのままに
先ずは信じて受け入れて、【本来】に立ち帰り学び知る事で【将来】も見出せる!と
日本独自の精神の再生・復興を目指し古学としての国学を提唱したそうです。

日本の「古事記」には様々な神々は存在しても、残念ながら【御子イエス】の存在は
(あくまでも今日現在の歴史的研究発表に基づけば)明確に示されていないようです。

日本の【本来】を「古事記」で終わるのか、その後判明した【御子】に立ち帰るかで
これからの日本の個人個人にしても日本国にしても【将来】を決定付けると思えます。

たとえば、科学技術・医学・哲学・法律など様々な分野で人類の進歩に貢献してきた
イギリス、ドイツ、オランダ、北欧、アメリカなどを構成しているゲルマン民族とは
当初は明確な文字すら所有しない戦いに明け暮れる「蛮族」であったと聞きます。

彼らにも原始的な宗教も戒律も信じる神々がありました。しかし【御子イエス】を
知りませんでした。従って「目には目を!」の報復精神で【武力】こそ力なり!と
常に強奪と殺戮の繰返しで【平和なき民族】であったそうです。

紀元4世紀までは文字すら無い「蛮族」に、たった独りの【先駆者】が登場します。
ウルフィラは百科辞典にも記されていませんが、ドイツやゲーテ研究者では日本を
代表する小塩節フェリス女学院学長が現代の世界に復活させ解明してくれたのです!

ウルフィラ自身の母親もまた略奪拉致された奴隷の女性でした。ゴート族の父親は
文字も持たなかったのに、母親はギリシャ語を話せるキリスト信者だったのです!

ウルフィラは賢明な母親のおかげで素晴らしい【神の国の平和】を夢見るのです。
彼にとって【本来】は【御子イエス】によって【神の愛】に立ち帰ることでした。
彼が望む【将来】は【自由・平等・寛容・博愛】の【キリスト精神】に根ざした
神の国の平和】の実現となったのです。そんな彼に【チャンス】が到来します。

ローマ帝国フン族とにはさまれていたゴート人や他のゲルマン民族にとっては
意思・命令を正確に伝える文字がないために行政面でも軍備面でも情報の伝達が
徹底しないことを理解した族長は、独自の文字開発の必要を痛感するのです。

【キリスト精神】にある優秀なウルフィラが抜擢されます。彼が思いついたのは
先ずはギリシャ語で書かれた【聖書】の翻訳するために、新たな「ゴート語」を
産み出すのです。

現在私たちが一般的に理解しているヨーロッパ世界の【神】である【God】を
始めて定義してくれたのは、驚くべき事に名も無き奴隷の子ウルフィラなのです!

旧約のユダヤ民族がヘブライ語で定義した【神】は【エロヒム:義の神<怒り>】
新約が普及した当初ギリシャ語で定義した【神】は【テオス:光の神<明るい>】

しかし、ウルフィラが解釈した【神】は【ゴッド:相談相手<おとうちゃん!>】
という天の父として頼り甲斐があって、しかもいつでも相談できる身近な存在に
してくれたのです。それまでの厳格だけでもなく、哲学的で難解な存在でもなく
世界中の個人・民族も理解できる人格的【神】を定義してくれた【先駆者】です!

ウルフィラは【聖書】を翻訳するために「ゴート語」の文法や文字を完成させると
【聖書】を広く伝えるためにと、今度は羊皮紙を活用した「紙」までも開発します。

族長は【平和】を願うウルフィラの情熱に動かされて、ゲルマン民族全体に言語の
普及のために【聖書】の福音伝道する司教に任命されます。【神の愛】の奇蹟です!
しかし、キリスト教布教することは「ローマ帝国のスパイではないか?」と疑われ
結局はゴート族から迫害され追放されることになります。

【この世の富・権威・名声】に迫害されても見捨てられず守られた事はウルフィラが
【神の愛の僕】の証明でした!私たちに勇気と希望を与える【先駆者】に感謝します!

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)

彼は迫害されても、キリスト信者や迫害される者を受け入れる自給自足の村を作って、
福音伝道活動を続けたので、ゲルマン民族は【キリスト精神】が【本来の姿】となり
「のっぺら」の一面化されるどころか、ゲルマン系民族はそれぞれが、個人も民族も
個性を重視して自分らしさである【独自性・オリジナリティ】を最善発揮できた事は
現在活躍しているヨーロッパの民族国家の姿を見れば明らかでしょう。

彼の夢見た【キリスト精神】を実現した【平和の村】は見事に建設されて、彼の死後、
250年間も平和が守られた驚くべき事実は私たちも目指すべき【将来】だと思います。

ウルフィラの功績偉業は当時も現代も歴史的には目立たず【小さき存在】だからこそ
【人間の歴史】に記されずとも【神の愛の歴史】に【金字塔】を打ち建てたました!

●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)

私たち民族はゲルマン民族ほど「蛮族」でもなく歴史的にも宗教的にも豊かである!
と誇る人は多いと思います。

本居宣長が【古事記】の神々の記述を受け入れ信じたように【聖書】に従うならば
【聖書】が伝え描く世界の始めである【本来の姿】とはいかなるものでしょうか。
【この世】全てが始まる前から、そして【この世】の万物を守り支配しているのは
【主イエス・御子】であることが明確に示されていることは感動的です!

●最初に言葉(道)があった。言葉(道)は神と共にあった。
 言葉(道)は神である。この言葉(道)は初めに神と共にあった。
 全てのものは言葉(道)によってできた。できたもののうち、一つとして
 言葉(道)によらないものはない。
 この言葉(道)に光があった。そして、この命は人の光であった。
 光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった
 (ヨハネ伝1‐1~5)
●そして、言葉(道)は肉体となり、私たちの内に宿った。私たちはその栄光を見た。
 それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
 (ヨハネ伝1‐14)
●御子(主イエス)は見えない神の形であって、すべての造られたものに先だって
 生まれた方である(コロサイ書1-15)
●万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位(王座)も
 主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これら一切のものは
 御子によって造られ、御子のために造られたのである(コロサイ書1-16)
●御子は万物よりも先にあり、万物は御子にあって支えられ成り立っている
 (コロサイ書1‐17)

「始めに言葉ありき」は余りにも有名な記事ですが、この記述の内容については興味深い
解釈を奥山牧師はTV伝道で紹介してくれました。

何故「始めに【主イエス・御子】ありき」と最初から説明せず、わざわざ【言葉(道)】と
紹介したのでしょうか?

それは新約聖書が最初に記述された当時は、ご存知のように「ギリシャ精神世界」であり
ギリシャ精神では【ロゴス(理性の言葉)】が【真理】として広く受け入れられていたので
ギリシャ精神で受け入れられるために【主イエス・御子】の【神性】を【神の言葉】から
哲学的にも論理立てて紹介したという解釈です。

内村鑑三は「神と道(主イエス)」との関係を要約するならば次のように説明しています。

 【神】は実在の原理(The First Principle of Existence)
 【神】は在って在るものの中で最も確実なる者
 【道(主イエス)】は道理でもなく、言語でもなく、言語を説明する為の実物でもない
 【道】は少なくとも性格(Personality) を備えた者であって人に似、神に似たる者
 【道】は神を表出するは言語以上、天然以上のものでなくてはならない

●御子は神の栄えの光輝、神の本質の真の姿であり、その力ある言葉で万物を
 保っておられる(ヘブル書1-3)
●我(主イエス)を見し者は父を見しなり

いずれにしても【主イエス・御子】は【創造主・天の父】と共に一体的に存在しながら
【イエスの生涯と教え】を通じれば【神の愛の摂理】を理解する事ができるようになり
【この世】の始めから存在して、万物を守り育てて【来世・天国】にわたって支配する
【主イエス・御子】を信じ受け入れるならば、【本来の姿】も世界観も一変します。

●神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ
 天上において御自分の右に座せしめた。
 彼をすべての支配、権威、権力、権勢の上に置き、また、この世ばかりでなく
 来るべき世においても唱えられる、あらゆる名の上に置かれたのである
 そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして
 教会に与えられた。この教会はキリストの体であって、すべてのものを
 すべてのもののうちに満たしている方が、満ちみちている場に他ならない
 (エペソ書1‐20~22)

私たちの【生き方】を決定する【行動規範】も【人生航路】を指し示す【羅針盤】を
【聖書・福音】に示す【イエスの生涯と教え】に定めて万全である!ことになります。

どこかにあるかもしれない【主イエス】以外の【真理】を捜し求めれば、疲れ果てて
絶望的になり厭世的になったり、全身全霊を最善発揮する【チャンス】を失う危険に
あると思います。【主イエス・御子】を【本来】と受け入れれば、もう安心です!

●【神を経験する事の証し(ヒルティ)】
 -精神の安らぎ
 -満ち足りる事
 -真理の渇きが鎮まること
 -精神と内的生命との一種の強化
●【神を見ること(内村鑑三)】
 神を見るとは夢幻(マボロシ)の彼を見るということではない
 また神秘的に彼を感ずるということでもない
 神を見るとはイエス・キリストを真(マコト)の神として認むることである
★★【その2】につづく★★