◇◇【神の愛=隣人愛】は勇気の基底なり!◇◇ 【2004年7月26日に作成した<第340回>より】
●愛は勇気の基底なり。人の善を念(オモ)うて後に我らは、その人に対して
大胆に何事もなすを得るなり(内村鑑三)
●愛は隣人を害する事はない。愛は律法を全(マットウ)する(ロマ書13‐10)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする(ヒルティ)
欧米発の社会制度には常に【神の愛=隣人愛】を根本精神の【基底】にしている
勇気に満ちた【新たなコンセプト】が続々と生まれて日本でも導入されています。
たとえば、「差別や偏見から少数派の意見を守り助けよう!」と勇気ある人々が
立ち上がってくれたからこそ、「バリア・フリー」の考え方がが生まれ、やがて
社会共益の「ユニバーサル・デザイン」へと道が拓かれたのだといえるでしょう。
世界中の孤児や難民を積極的に招き養子縁組や里親制度として受入れているのも
家族とは単なる血縁関係だけではなく、【神の愛】による【人類皆兄弟】として
さらに、「子育て」は義務でなくて【特権・天の恵み!】であるという価値観が
あるからだと聞きます。
日本は「代理母」が話題になります。欧米では「試験官ベビー」から「代理母」に
至る迄に、世間的に反発されたり懐疑的批判的な偏見から孤児や難民を守り育てる
【神の愛=隣人愛】から立ち上がってくれた【勇者】が養子制度や里親制度を築き
先ずは弱い小さき人々への支援が定着して、その後「自分の子が欲しい!」という
少数派の意見を尊重して「試験官ベビー」「代理母」が生まれたのだと思われます。
●弱い人の声に耳を傾けないと人間社会は堕落する(メニュー・イン)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、天に在ますあなた方の父の
御心ではない(マタイ伝18‐14)
●私(主イエス)の兄弟であるこれらの最も小さい者の一人にしたのは、すなわち、
私にしたのである(マタイ伝25‐40)
●あなた方はこれらの小さい者の一人をも軽んじないように気をつけなさい
(マタイ伝18‐10)
米国は常にマイノリティ(少数派)の立場を守り尊重する社会的決意があるそうです。
それは、少数派で英国を追われた清教徒たちが新大陸に【約束の地】にする決意で
メイフラワー号の船上で誓約したことから始まったと聞いています。
米国が夢見る「自由・平等」の社会実現とは【神の愛=隣人愛】を根本精神として
常に【少数派】を尊重し社会に受け入れる!という【ビジョン:理想・夢・志】は
奴隷解放やアフロ・アメリカンや米国原住民の公民権やアジア系や少数派民族へと
徐々に道を拓き、21世紀は社会的少数派である同性愛者へも道を拓きつつあります。
大橋巨泉氏は新聞のコラムで「欧米の民主主義」を解りやすく説明してくれました。
「俺はお前の意見を100パーセント受入れることはできない。
しかし、もしその意見を言いいたいならば、お前が意見を言えるように
するためには命をかけて守ってやるよ。」
法的に社会的に世間的に日常的に例外・意外であることも【少数派】となりますが、
【神の愛=隣人愛】に従えば、本来は本当は「何を為すべきか」は一目瞭然です。
しかし、私自身の【勇気】がないために決断・決行できないことは日常茶飯事です。
福井県で自然災害が起きて、最初に駆けつけた県外ボランティアの若者は関西学院の
ワンダーフォーゲル部だと報道されていいました。
彼らは今年2月の冬山遭難から福井県の人々の協力で奇蹟的に救助された生還者です。
報恩感謝の気持である「恩返しがしたい!」と、いつも【準備】していたからこそ
【神の愛=隣人愛】が彼らに即断即決の【勇気ある行動】を生まれさせたと思います。
私自身にも【勇気ある決断】の【絶好のチャンス】がある事を信じて【準備】します!
たとえ日頃は勇気ある行動ができないからといって嘆き悲しみ自己嫌悪になりません。
●嘆くのはやめて旅をし続けるがよい。すでに与えられたものをしっかり守れ。
この午後をなお歩み続けるならば、夕べには平和がさし招くであろう(ヒルティ)
私にとっての【準備・スタンバイOK】は「【福音伝道】で恩返しするぞ!」という
決意から始まっています。必ずや勇気ある行動ができる【チャンス】はやって来ます!
●まちがいなく最も手近な義務だと認められることを常に行ない、それから先のことは
静かに待っていること、そのような人に宿っている真理な霊は必要に応じて何でも
その人に思い起こさせてくれる。だから、その人は前もっていろいろのことを
熟考したり、心にとめておくことはいらない(ヒルティ)
【勇気】には天来の【素人根性/レイマン・スピリット】の【愛好精神】に従って
世間的な権威・名声に無関係であることも含まれるのではないかと私は思っています。
私は【福音伝道】するために紳学校にも特定の教会組織・宗派には帰属していません。
洗礼も受けておらず、世間的に「クリスチャン」でも牧師でも神学者でもありません。
私にあるのは【主イエス】を愛し見極めたい【素人根性】での【愛好精神】のみです!
【神の愛=隣人愛】の側にありたい!ということは世間に反しても必ず守られます!
●なおも神の御手と御心にさからわず
勇気と希望を少しも捨てぬ。
私は静かに耐え真っ直ぐに前進する(ミルトン)
●神の側に立とうと決心するが良い。次にはあなたの力と個性に合わせてあなたに
個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●我々は神の命じ給う道を歩いていれば日々その務めと力とがおのずから
与えられる。特にそれを得ようと思いわずらうことはいらない。ただ、
それを受け入れて実行すればよい(ヒルティ)
●愛する兄弟たちよ、確(カタ)くして動かされず、常に励みて全力を注いで
主の事(ワザ)に務めよ。主にあってあなた方の労苦が無駄になる事はない
(コリント前書15―58)
●あなた方はこの世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。
私(主イエス)はすでに世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。しかし、世に勝つ平和を約束している
(ヒルティ)
●私たちは真理にさからっては何をする力もなく、真理に従えば力がある
(コリント後書13-8)
●悩みを突き抜けて歓喜にいたれ!(ベートーベン)
TV番組「宇宙船地球号」では【神の愛=隣人愛】に見事に選ばれた【勇者】が
紹介されていて感動しました。日本人の生きる道が一人世界で活躍する証しです!
倉田さんは14歳でパラオ諸島に熱帯生態の研究者として派遣されて研究に献身します。
しかし、太平洋戦争の激戦地となり彼を含め現地にいた日本兵は玉砕してしまいます。
日本にいた倉田さんの家族もあきらめていたのに、倉田さんは熱帯ジャングルの中で
「生き残りたい!」と独りでさ迷って、1200名の内わずか34名の生存者で生還します。
彼は当時の日本帝国における名誉ある玉砕を受け入れる【勇気】はありませんでした。
生還者として「何を為すべきか?」が彼の戦後の【生きる目的】となったようです。
1200名の戦友の霊を弔うために1970年に28年ぶりに島を訪れた時に、彼の人生目的が
定まります。
戦時には島全体のジャングルが戦火で燃え尽くされ、わずかに残されたジャングルの
【天の恵み】で何とか生き延びれた倉田さんの目の前には感動的な光景がありました。
完全に破戒された島全体が命を吹き返し【復活・再生】が着実に始まっていました!
艦砲射撃で上部を完全に吹き飛ばされてしまった悲惨な巨木も傷あとを残しながらも
堂々と枝葉を伸ばしているではありませんか!
「この島を完全復活させるために残された人生を捧げよう!」【報恩感謝】の気持で
心に誓ったそうです。彼の【ビジョン:理想・夢・志】は定年後、妻と死別した現在
【神の愛=隣人愛】の導きによって見事に実現しました!ハレルヤ!主に感謝します!
「恩返しがしたい!」一念で、骨を埋める覚悟の永住を決意して研究を始めたことで
それまでの現地人では思いつかなかった【新しい道】を【神の愛=隣人愛】によって
大発見するのです!
全ての生命を守り育てる貴重な熱帯ジャングルを復活させる秘密を握る【主役】とは
島のどこにでもいる「オカガニ」だったのです。
地元住民は生活のために「オカガニ」を生け捕り高級ホテル・海外へ加工食品として
提供するのは「当たり前の常識」でした。彼らが生きるために仕方がなかったのです。
実際に、倉田さん自身も「オカガニ」のおかげでジャングルで生き延びれた一人です。
しかし、「オカガニ」が海でなく陸で生活するのは、彼らが落ち葉を主食としており
彼らが大量消化して糞として栄養を土に返すことで土壌が豊かとなっていたのです!
大量の「オカガニ」がいてくれるからこそ、熱帯ジャングルが常に生まれるのです!
倉田さんは生計の糧になっている産卵期の「オカガニ」を生け捕る事を禁じる為には
島民の生活を守るための替わりの生計の糧が不可欠である事も理解していたようです。
そこで【神の愛=隣人愛】豊かな「画期的プロジェクト」を立ち上げ実行しています。
それは、島全体をパラオ諸島初の「公立公園」に定める事でした。公立公園にすれば
自然環境・生態保護が実現でき、同時に「エコ・ツアー」を企画して、観光地として
新たな生計の糧を産み出すと言う「WinWin・共存共栄」の素晴らしき計画です!
島民が島への誇りと愛護精神を育成する為に「資料館」を建設し、島民の意識改革も
着実に成功しているようです。
倉田さんの【勇気】は日本の戦争のためには役立たせなくても、世界の【少数派】の
平和のために、自由と独立のためには【大いなる勇者】として大活躍できたのです!
戦友の慰霊の為にも、命が救われた島へ「恩返しがしたい!」という【報恩感謝】の
【神の愛=隣人愛】が【基底】にある【勇気】だからこそ【善循環】になっていると
私は確信できます!ハレルヤ!栄光を主に帰します!
私たちも【神の愛】に生きる【自由人】として勇気ある行動を目指しましょう!
●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
のである(コリント後書9-7)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが
必要である(ヒルティ)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として
用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)
皆さんが【神の愛=隣人愛】を【基底】とする【勇気】を抱く【大いなる勇者】として
世界を舞台にして大活躍される事を心より応援しています。
●希望(ヒルティ)
十字架は重いが、ふしぎなことに
おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
おまえの力は小さくとも
おまえが帰依した主の力は偉大だ
おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
今日は死に、明日はいのちによみがえる
●神への愛だけが我々を徹底的にエゴイズムから解放する事ができまた