【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【一粒の麦】⇔【ビジョン】【1】

◇◇【一粒の麦】⇔【青年の心】に抱く【ビジョン】(その1)◇◇
【2004年7月2日に作成した<第337回>より】

●誠に実に汝等に告げん、一粒の麦も地に落ちて死なずば、ただ一つにて残らん。
 もし死なば多くの実を結ぶべし(ヨハネ伝12-24)

【聖書】には、皆さんもご存知の、多くの人々を【使命・天職】に導いた事で有名な
【一粒の麦】の「たとえ話」があります。

90歳を超えても大活躍している聖路加病院・院長の日野原医師は「よど号事件」に
遭遇したそうです。誰もが「乗っ取り犯」に恐怖と反感を抱き大人しくしていた時に
彼らは熱さに耐える乗客に気遣ってか、自分たちが持ち込んでいた書物の貸し出しを
呼びかけたそうです。誰もが反応しなかった乗客の中で、ただ一人日野原さんだけが
手を挙げて本を求めたそうです。

彼らの書物には資本論などマルクス主義に関する内容が多い中に、ドストエフスキの
長編の作品「カラマゾフの兄弟」に(【神の愛】の導きで…)目が止まったそうです。
「これから長くなりそうだから、丁度いいかな」と思って、彼は選んだそうです。

日野原さんが本を開いて始めに目に入った言葉が【一粒の麦】の聖句だったのです。
「そうだ!私は医者で【一粒の麦】として献身しよう!」と改めて決意するのです!

生命の危機という人生最悪の【どん底】に陥った時に、自分の本当に目指したい事や
「最も大切なもの」を再発見できたことで、それからの人生は定まったそうです。

●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、いつも我々の暗い
 運命のどこかある一点が明るくされることによってである(ヒルティ)
●いたずらにあなたを苦しめるために
 苦難を与えられたのではない。
 信じなさい、まことの生命は
 悲しみの日に植えられていることを(ヒルティ)
●神(愛)を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん
 (内村鑑三)

【一粒の麦】には【主イエス】自身の【十字架の贖罪死】と【栄光の復活】の預言が
示されていて、同時に私たち各自が「負けて勝つ!」という【キリスト精神】による
【自己献身】の勧めであると私は理解しています。

●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の
 生涯である(内村鑑三
●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。戦いに負けて
 負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三
●人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない
 (ヨハネ伝15-13)
●最も偉大なる事は人に勝つことにあらず、人に負ける事なり(内村鑑三)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある
 (詩篇30‐5)

【一粒の麦】は私たちの【青年の心】に抱く【ビジョン:理想・夢・志】でもあると
私は実感しています。【ビジョン】は私たちの「最も大切なもの」であるからです。

●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も、最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●神は御意(ミココロ)を成さんために、汝等の内にはたらき、汝等をして
 志望(ココロザシ)を立て、業を行わしめ給えばなり(ピリピ書2-13)

「最も大切なもの」だからこそ、かえって自分の「心の中」に大事に密かにしまって
世間に表明したり、公言することを自粛して自分から控えるのではないでしょうか。

確かに多くの場合、世間や家族に【ビジョン:理想・夢・志】を素直に語りかけても
「青臭い!現実離れだ!」と無理解の批判を受けたり、時には迫害される危険までも
前もって感じて、語りかける前から自分勝手に自粛しているのではないでしょうか。

【ビジョン】を社会に放つことは【一粒の麦・種】のように一度は危険な堅い地面に
落ちて、直ぐには地中に迎えられることなく、地表に見捨てられて「死んだ」ような
状態で熱い昼間も寒い夜中も孤独にさらされた後に、やがて地に根ざし芽を出す事を
知るべきでしょう。

●汝のパンを水の上に投げよ、多くの日ののちに、汝再びこれを得ん(伝道の書11‐1)
●汝の真理を社会の中に投ぜよ、年を経て汝はその偉大な結果を見るを得ん(内村鑑三
●少ししか蒔かない者は、少ししか刈取らず、豊かに蒔く者は豊かに刈取ることになる
 (コリント後書9-6)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。この町には私の民が
 大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)

自分の心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】が「最も大切なもの」だと感じる理由とは
【神の愛】からの貴重で完全なる【無償ギフト・賜物】であり、【心の板】に刻まれた
【キリストの手紙=御言葉】であると私は実感しています。

●あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から光の源である天の父から来る
 (ヤコブ書1‐17)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。御言葉にはあなた方の魂を
 救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●御言葉を行う者となりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけで終わってはならない
 (ヤコブ書1‐22)
●【キリストの手紙(コリント後書3-3)】
 ▲口語訳
 あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず
 生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものである事を
  はっきり現している。
 ▲文語訳
 汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、しかも墨にあらで
 活ける神の御霊に記され、石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり
【心の板】
●見よ、その日が来る。その日私はイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる。
 私は私の律法を彼等のうちに置き、その心にしるす。
 私は彼等の神となり、彼等は私の民となる(エレミヤ書31‐31~33)
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いのうちに書きつけよう(ヘブル書10‐16)
●私は彼らに一つの心を与える。すなわち、私はあなた方のうちに新しい霊を与える。
 私は彼らの身体から石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える(エゼキエル書11‐19)

私たち各自が「最も大切なもの」を【隣人・社会】で進んで出し合って活用し協力すれば
現代の社会問題の多くは改善できると皆さんも理解できるはずです。

●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
 利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
 決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
 のである(コリント後書9-7)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが
 必要である(ヒルティ)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として
 用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)

社会のあらゆる分野では、もはや専門家・有識者の知恵と能力だけでは解決できない事が
明かになっている日本の現状を観察しても、「最も大切なもの」が見失われているからで
【神の愛】に信愛する私たちには、今日の混乱破綻の現在でも、一切が心配ご無用です!

●目を覚ましていなさい.信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。
 何事も愛をもって行ないなさい(コリント前書16‐13~14)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、許されていると
 考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●人はパンのみに生きるにあらず、神の口より出づるすべての言葉による
申命記8-3、マタイ伝4-4、ルカ伝4-4)
●人を生かす者は霊であって、肉は何の役にも立たない。私があなた方に話した
 言葉は霊であり、また命である(ヨハネ伝6-63)
●ひとが本当に神を信じ、それが単に口先だけのことでないなら、唯物論
 世界秩序においては、ただ不可能としか思えない多くの事が当然のことに
 なってくる(ヒルティ)

現在の日本では「平和を守り、経済を豊かにしてきたものは誰か?何か?」について
誰もが「答え」を捜し求めています。

ある勢力はこれからは「軍備」こそが平和を守る!とある勢力は「憲法9条」だ!と
主張し、ある勢力は「日米協調」こそが平和も経済も維持存続できる!、一方では、
米国追随を止めてアジアとの共存共栄だ!と主張しているようです。

私は先ずは【神の愛】への【原点回帰】こそ全ての始まりの【精神的復活】できる!と
主張する立場です。平和も経済も守りつづけてきたのは【神の愛』ゆえだと信じます!

●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
 聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、これに代わるに他を救わんと欲するの
【聖欲】をもってせしめて社会をその根底より改める (内村鑑三
●真正の愛国心は外敵に対して、この国を護らんとするにとどまらず、
 神に対してこれを聖めんとす(内村鑑三
●経済の背後に政治あり  政治の背後に社会あり
 社会の背後に道徳あり  道徳の背後に宗教あり
 宗教は始めにして経済は終りなり。宗教の結果はついに経済において顕れる
 (内村鑑三
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三

★★【その2】につづく★★