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【ライト・スタッフ精神】【1】

◇◇ライト・スタッフ(適任者)の精神(その1)◇◇
【2002年8月25日に作成した<第269号>より】
2002年8月4日(日)・5日(月)早朝4:00NHKラジオ「心の時代:多和田 悟氏」を聞いて

●完全なる職業は他人を喜ばして、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三
コスモポリタン雑誌主事ウォルカー~毎朝就職前の決心(内村鑑三
 ◆臆病ならざる勇気~失敗・損失に処する覚悟
  ⇔ 人生の不安に動かされず友人・健康・財産の損失を恐れない勇気
 ◆接する全ての人へは好情と善意を抱く心構え
  ⇔ みだりに悪意で人をさばかない
 ◆むさぼらず現状に満足する
  ⇔ 自分が受けるべきものと同様に他者が受けるべきものを善しとする 
 ◆義務を尽くすに勤勉
 ◆挙動においては快活
 ◆正義の遂行に熱心
 ◆公明なる心~小事であれ大事であれ真理とあれば全てを受入れられる心
  ⇔ 新発見を学ぶ為、大胆にして静粛なる円満にして調和せる生涯を送る
    哲理を学ぶための心

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

社会のあらゆる分野で【ライト・スタッフ(適任者)】が活躍できる環境ならば
健全で天井が高く風通しの良い社会環境であるといえるのではないでしょうか。

【ライト・スタッフ】は国家や一部の権威によって定める資格・公認制度では
容易に育成する事ができないことは、現在の日本社会にみる各分野の公認者や
有資格者の不祥事に実証されています。

どんな分野においても最適な【ライト・スタッフ】の精神とは共通していると
思います。それは、強制的な義務感からでなく、世間体や単なる野心でもなく
出し惜しむことなく自分から進んで自発的に取り組む【愛好精神】といえます。

●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
 利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
 決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
 のである(コリント後書9-7)
●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
 本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです。
アインシュタイン

【愛好精神】から行なえる報恩感謝の喜びは、周囲まで明るくさせ勇気と希望を
与えてくれます。まさに【キリスト精神】そのものだといえるでしょう。

●あなた方は、主にあっていつも喜びなさい。繰り返し言うが喜びなさい
 (ピリピ書4‐4)

総合電気メーカーであったGE社を金融・情報・放送通信分野にまで拡大させて
世界有数のコングロマリット(複合企業体)に急成長させたことで有名な経営者の
ジャック・ウエルチはリーダーの条件として「4つのE」を提唱しているそうです。
■Energy  :元気    
■Energize:元気づける 
■Edge    :切れがよい
■Execute :やりぬく

Energyとは元々ギリシャ語の「仕事」という意味から由来しており、やがて
19世紀頃の英国で「活力」の代わりとして「仕事を成し遂げる能力」としての
意味で使われるようになったそうです。J・ウエルチが提唱する「エネルギー」とは
単なる元気であれと言うよりも、自分の与えられた【仕事:使命・天職】の実現を
心から信じ望み愛する【ライト・スタッフ】としての【愛好精神】ともいえるのでは
ないでしょうか。

もし、自分が信じ望み愛好する【仕事:使命・天職】へ取り組むならば、自分だけで
なく、自然に周囲(隣人・社会)をも元気づけ明るく勇気づけ励ます事になるはずです。
さらに、Edgeという言葉が示すように自分が愛好する事柄へは探求心や好奇心を
発揮できて、常に革新的で挑戦的な鋭敏な発想や智恵が思い浮かぶでしょう。そして、
何よりも自分が信じ望み愛好する事柄へのチャレンジならば、簡単にあきらめる事は
なくネバー・ギブ・アップの精神でやり遂げることができるはずです。

自分が信じ望み愛好する【事柄】には、神からの【使命・天職】の道が示されており
そこには【Providence:神助・神の導き】も働いて【愛の奇蹟】によって
世間的常識ではどんなに不可能なことでも可能になるのです。

●神はあなた方のうちに働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは
 神であって、それは神のよしとされるところだからである(ピりピ2-13)

皆さんの中には「盲導犬クイールの一生」という感動的なお話をご存知の方も多いと
思います。私はラジオ番組で紹介された盲導犬訓練士の多和田悟さんが、あの盲導犬
クイールを訓練されたことを初めて知り改めて感動しました。

多和田さんは3代もクリスチャンという家庭に生まれたそうです。幼い頃からいつも
【キリスト精神】に生きる事を望みとしていたそうです。その望みを【愛好精神】に
よって開花させた道が「盲導犬教育」なのです。

多和田さんは30年前から盲導犬訓練士として活動してきたそうですが、30年前の
日本では【ライト・スタッフ】としての「盲導犬」を育成できるような訓練体制では
なかったそうです。盲導犬とは【Obedience(服従)】という強制的訓練に
よって鍛えあげれば、どんな犬も盲導犬になれるという思い込みがあったそうです。

多和田さんは先輩指導者の言われるがままに訓練する内に、盲導犬を利用する人々の
多くが、もう二度と盲導犬を求めなくなっていることに疑問を抱き始めます。もしか
したら、強制的訓練された盲導犬は役割を果たせず主人とうまくやって行けないので
利用者は二度と盲導犬を求めないのではないかと思い始めるようになったそうです。

まさに、多和田さんは「盲導犬訓練士」として【ライトス・スタッフ】だったのです。
人間が選んだのではなく、【神の愛】に直接選ばれた【ライト・スタッフ】といえます。

●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである(ヨハネ伝15‐16)

現在の多和田さんは日本国内よりも国際的に認められた盲導犬訓練士といえるようです。
彼の功績とは【Obedience:強制的訓練】でなくて、以前から欧米では常識で
あった【DogEducation:盲導犬教育】を日本に根付かせ確立させるための
道を独り起ち上がって切り拓く先駆的役割を果たしてくれたことです。

多和田さんが現在の盲導犬教育の道に至るまでには、紆余曲折がありました。3才から
教会に通っていた彼は高校時代に点字に興味を抱くようになったことが始まりでした。

彼はボランティア活動として「点字訳」を行なっていました。ある時、点字の世界にも
点字訳」の達人がいることを知ります。達人は800冊もの「点字本」を作成しましたが
彼の刻む「点字」はとても丁寧で解読し易い「達筆」であることで評判の人物でした。

達人の噂を聞いて、「点字にも達筆があるのか」と多和田さんは感動したそうです。
そして、多和田さんはその達人が福岡県の刑務所の死刑囚である事も知りました。
彼と手紙のやり取りをしたところ、15歳の多和田さんの「点字」も「達筆」であると
励まされて多和田さんはとても嬉しくてさらに意欲を高めることができたそうです。

まさに、その達人は「点字訳」界の【ライト・スタッフ】であったといえるでしょう。

●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの
 衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)

多和田さんが点字の世界でもっと活躍しようとしていた時に、18歳で失明したという
塩見三雄牧師に出会ったそうです。1968年当時、同志社大学院を卒業したにも関わらず
通常の教会では受け入れられずに貧しい中、京都で開拓伝道を行なっていたそうです。

多和田さんは教会と幼稚園建設を目指す牧師の大いなる【ビジョン:理想・夢・志】を
積極的に支援し手伝うことにしたそうです。

その塩見牧師が1969年に米国から帰国した時の事です。当時の日本ではまだとても
珍しかったシェパードの盲導犬ハッピーを連れて帰ってきたのです。多和田さんには
盲導犬との出会いが人生を決定付けることになるとは夢にも思っていませんでした。

1970年になると多和田さんは社会において【キリスト精神】を活かすにしても神学を
もっと勉強してみたいと思って、青山学院大学の神学部に入学したそうです。当時の
神学部の学生は社会人が中心であり、多和田さんだけが新入生だったそうです。

しかし、そこで【試練:神の訓練】が始まります。青山学院では神学部廃止の動きに
反対する学生運動が起こったのです。本来なら当事者の多和田さんが運動するところ
なのに、当時全国で盛んだった学生運動家が中心になって闘争運動が行なわれたので
多和田さんは嫌気がさして大学3年生で中退する決意をしたそうです。

「よし、こうなったら現場(社会)に出て誰かを助けよう!」すると彼の脳裏には京都で
お世話になった塩見牧師の言葉を思い出したそうです。

「英語だけは勉強しておきなさい。盲導犬の学校をいずれ紹介してあげるから」

多和田さんは、とりあえず敬愛する牧師の言葉に従って、東京八王子の盲導犬協会を
紹介してもらうことになったのです。2年後には富山の新設される盲導犬協会のために
転勤します。そこでは年間4頭の盲導犬を訓練しながら警察犬としても育成するという
苛酷な作業が待っていたそうです。

既に結婚していた多和田さんは自分の望みである【人助け】のために、家族が犠牲に
なっている状況にあることを痛感させられる出来事に遭います。多和田さんの事業は
寄付金が中心なので職員の給料は常に未払い状態で早朝5時から深夜近くまで苛酷な
スケジュールだったそうです。そのため家計は妻の教師の仕事で支えられていました。

ある日、具合が悪くなったので昼間に自宅に帰ると、妻が内緒で内職をしている姿を
目撃したのです。多和田さんは、自分が夢を追いかける為に、これ以上家族を犠牲に
してはいけないと思い、盲導犬訓練の仕事を辞めることを決意したそうです。

妻に相談すると「あなたの好きなようにして下さい」と言うだけだったそうです。
そして、妻はお産のために実家に帰ることになり、多和田さんは独りで夕食を採る
ことになった日のことです。近所の人が好意で彼の夕食のおかずを新聞紙に包んで
持って来てくれたそうです。近所のありがたい好意に感謝しながら、多和田さんは
包みの新聞紙を広げて何気なくそこに書かれた記事に目を通した時のことです。

何と驚くべきことでしょう、塩見牧師の写真入りの記事があるではありませんか!
そこには大きく「京都に盲導犬を!」というタイトルが書かれていたのです。

もう何年も会っていなかった塩見牧師のことなのに、何故か直ぐに電話番号が頭に
思い浮かんだそうです。早速電話してみると、塩見牧師はいつもの明るさで電話に
出てきたそうです。牧師は相変わらず元気で前向きでやる気十分でした。

★★【その2】につづく★★