【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】は安全ネット!【1】

◇◇【神の愛】の自由化・民主化⇔最善最強のセーフティ・ネット(その1)◇◇
【2005年9月23日に作成した<第387回>より】

●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり。
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三
●【キリスト教の真意(内村鑑三)】
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと

【神の愛】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

今日現在、様々な【苦難】にあっても、【再起・復活】のために、【神の愛】が慰め励ましてくれます!
明日こそ、【ビジョン:理想・夢・志】の実現を目指すために【神の愛】が勇気と希望を与えてくれます!
皆様の心に【神の愛】が宿り、存在を実感できますように【主イエス】の御名によって祈ります!アーメン

日本では宗教の話はタブーと言われてきました。わざわざ言わなくても解る社会だったからだと思います。
特に第二次世界大戦までの伝統的日本では世間体や地域社会が【他人本位】の精神であったので
世間体や地域の常識を守ることが宗教観・信仰精神に匹敵していたのではないでしょうか。

しかし、戦後の民主化教育によって、【他人本位】よりも【自己本位】を尊重するよう教育されてきたので
従来の世間体・伝統・因習は無力となり、新たな宗教観・信仰精神が不可欠になったのだと思います。

【自己本位:エゴ・自己愛】の【個人主義】を尊重しながらも、同時に【隣人・社会】をも大切に尊重できる
利他主義】でもある宗教観・信仰精神として、まさしく【キリスト精神】が最善最適だと私はお奨めします!

●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に、超越して最も多く他を利して、最も多く己を利するの道を
 我に教えたり(内村鑑三
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、人を励まし、いつもいっそう完全な徳を
 望むように仕向けさせる。愛は常に向上を欲して、いかなる、いと低い事物によっても引き停められることを
 望まない(トマス・ア・ケンピス)

日本経済は勝ち組・負け組の二極化となり、アメリカ社会のようになると警鐘している有識者・政治家がいます。
あらゆる分野で自由化、民営化、民主化が叫ばれていますが、いよいよ【神の愛】もまた自由化・民主化の時が
やってきました!

アメリカ社会は経済的に自由化・民主化が進んでいて、弱肉強食の激しい競争社会のように語る人がいます。
同時に、アメリカ社会の根底に【神の愛】の自由化・民主化が進んでいることに注目するべきだと私は提言します。

日本で家族愛、兄弟愛、郷土愛、民族愛、愛国心、公共心、隣人愛の復活・強化を提唱する人はいますが
私たち人類ならびに天然世界をこよなく愛してくれている【神の愛】について語る人はわずかであると思います。

●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れることはない(イザヤ書49‐15)
●私に目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
 「Very Important Person in God' Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなた方の父のお許しがなければ、
 地に落ちることはない。 あなた方の髪の毛までも一本残らず数えられている。 だから、恐れるな。あなた方は、
 たくさんの雀よりもはるかにまさっている(マタイ伝10-29~31)
●五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。
 (ルカ伝12-6~7)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、天に在ますあなた方の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)
●神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、
 永遠の命を得るためである(ヨハネ伝3-16)
●一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。
 (ヨハネ伝11-50)
● ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。
 そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなた方のために忍耐しておられるのです
(ペテロ後書3-9)

今までも何度も述べてきましたが、【神の愛】の自由化・民主化されるている具体的事例は
ニューヨーク・マンハッタンだと思います。

日本では「がんばって下さい!(我を張れ)」と励ますのが普通ですが、アメリカでは
「God bless you!(神の祝福あれ!)」です。
大統領でも、芸能人でも、一般市民でも、誰もがお互いを励ますために、【神の愛】の存在を公言して
信仰告白>するから、【神の愛=主イエス】は喜んで、社会全体が【神の愛=聖霊】で満ち溢れて、
【神の愛の奇蹟】が生まれやすいのだと実感します!

この些細と思われる「激励」の違いが、社会全体において天・地の差になっていることは驚きであり、
日本の有識者・政治家には信じられないでしょう。

数兆円の大投資をしなくても、心意気一つでできることなのですが、【この世の勢力:富・権威・名声】では
到底実現できないからこそ【神の愛】の存在証明であると私は確信します!ハレルヤ1栄光を主に帰します!

日本の多くのクリスチャンは身内や教会内では高らかに信仰告白しても、一般社会において【神の愛】を
讃美することは珍しいと感じます。

それは、「信仰の自由」を尊重して特定の宗教を公共の場で紹介・強要するのは失礼だと思っているのかもしれません。
まさに、この遠慮こそが、【神の愛】が自由化・民主化されていない日本社会の証拠であると私は理解します。

アメリカも日本同様に、政教分離であり、「信仰の自由」を尊重し、人種のサラダ・ボウルといわれるほどに
世界に開かれています。

それでも、大統領も、マス・メディア、公共機関も、一般市民も、誰もが「God bless you!」を
非難し否定することはありません。

何故なら、誰もが「God bless you!」の<信仰告白>で、心から励まされ、助けられ、
救われた体験があるからだと思います。

●見よ、私が選んだ僕
 私の心にかなう愛する者よ
 私は彼に私の霊を授け
 そして、彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう
 彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない
 彼が正義に勝ちを得させる時まで
 いためられたアシを折ることがなく
 くすぶる燈心を消すこともない
 まことを持って公義をもたらす彼は衰えず、くじけない
 ついには地に公義を打ちたてる
 島々も異邦人も、その教えを待ち望み、彼の名に望みを置くだろう
 (イザヤ書42-1~4、マタイ伝12‐18~21)
●主は打ち砕かれた者の近くにおられ、魂の砕かれた者を救われる
 主に従う人には災いが重なり、悩みが多いが、主はそのすべてから救い出され
 主は彼の骨をことごとく守り、その一つさえ砕かれることはない(詩篇34-18~20)
●主は恵みと憐れみ深く、正義を行われる。まことに私たちの神は情け深い。
 主は無学な哀れでわきまえのない者を守られる。
 私が低くされ、おとしめられ、弱り果てた時、主は私を救われた。
 我が魂よ、再び安らうがよい。主はお前に善くして豊かに報いてくださったからである。
 あなたは私の魂を死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから、助け出し救ってくださった
 (詩篇116-5~8)

私たちが【神の愛】の存在を信じようが信じまいと、【神の愛=主イエス】は私たちを離れず、見守り、
祝福していてくれる!という確信から生まれた「God bless you!」は自分自身だけでなく
【隣人・社会】にとって<最善・最強のセーフティ・ネット>です!

●これら一切のものの上に、愛を加え身に着けなさい。愛はすべてを完成させる愛の絆であり、
 完全に結ぶ帯である(コロサイ書3-14)
●私は憐れみの綱、人間の綱、愛のきずなで彼らを導いた。私は彼らにとっては、
 顎のくつごをはずす者のようになり、
 身をかがめて優しくこれに食べさせてきた(ホセア書11-4)

★★【その2】につづく★★