【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】の不思議な力!【2】

◇◇≪汝:主イエス≫の不思議な力(その2)◇◇
【2002年12月30日<第284回>に加筆】 
★★【その1】のつづき★★

忠臣蔵から今年で300周年を迎えるそうです。何故、これほどまでに、赤穂浪士は多くの日本人から
共感を得られるのでしょうか?

不当と思われる裁定に対して沈黙を守って潔く処刑(切腹)に応じた主君は、さぞ無念であったろうと
思いながらも、時とともに多くの藩士が家族や自己保身の為に【大義】を捨てて行く中で、決して恩義を
忘れる事なく、忠誠心から起ち上がった志士たちの姿とは、【キリスト精神】に導かれた【使命・天職】に生きる人々にも通じるのではないでしょうか。

しかし、身分制度が存在した封建社会で武士階級として守り尊重できた【大義】と【神の愛】に従う
【キリスト精神】における【大義】とでは、外面的に見るならば目指すべきゴールが大きく異なります。

それは、旧約の【モーゼの十戒】のように遵守困難な【律法】を正義とするか、又は新約に示されている
【愛の十戒(ロマ書9‐12~21)】のような【神の愛・隣人愛】を正義とするかの違いともいえます。

●正義の温暖なるもの、これを愛という(内村鑑三
●【愛の十戒(ロマ書12章9~21節)】
 ◆愛は偽りがあってはならない。
 ◆悪を憎み退け、善には親しみ結び、兄弟の愛を持って互いにいつくしみ、進んで互いに尊敬し合いなさい。
 ◆熱心でうむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。
 ◆貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい。
 ◆あなた方を迫害する者を祝福しなさい。祝福して呪ってはいけない。
 ◆喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
 ◆互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと       思いあがってはならない。
 ◆誰に対しても悪をもって悪に報いず、全ての人に対して善を図りなさい。
 ◆あなた方はできる限り全ての人と平和に過ごしなさい。
 ◆愛するたちよ、自分で復讐しないで、むしろ神の怒りに任せなさい。何故なら、
  「主が言われる;復讐するは我にあり。私自身が報復する」と書いてあるからである。
  むしろ「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、       あなたは彼の頭に燃え盛る炭を積む事になるのである」
 ◆悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい。

もし、赤穂浪士のように主君に忠誠を尽くし【大義】に生きる姿に憧れるとするならば、私たちにとって恩義を感じ、理想とすべき、忠誠心を尽くせる≪主君≫は誰でしょうか?

私にとっては、【The King of Kings(王の中の王)】で≪救い主≫で≪善き羊飼い≫で≪最善最強の友≫であり、≪人生の伴侶≫である【主イエス】こそが≪主君≫です!

●私は主のはしためです。お言葉どおりにこの身にな成りますように<Let it be with me as you say.>(ルカ伝1‐38)
●時がくれば、祝福に満ちた、ただおひとりの力ある方、もろもろの王の中の王、もろもろの主の中の主が、キリストを出現させてくださるであろう(テモテ前書6‐15)
●我が魂よ、主をほめたたえよ
 私のうちにある全てのものよ、聖なる御名をほめたたえよ
 我が魂よ、主をほめたたえよ
 主の善くして下さったことを、何一つ忘れるな(詩篇103‐1~2)

それでは、私にとって、≪主君≫への恩義と忠誠心から守るべき【大義】とは、【ミッション:使命・天職】とは何でしょうか?
私の熱き≪青年の心≫に抱き、今もなお光り輝く【ビジョン:理想・夢・志】を守り育て実現に向けて前進し続けることです。

●あなた方の内に働きかけて、その願い(志望)を起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである (ピリピ書2-13)
●主の道を整えよ、その道筋を真っ直ぐにせよ(マタイ伝3‐3、マルコ伝1‐3、ルカ伝3‐4、ヨハネ伝1‐23、イザヤ書40-3)
●愛する兄弟たちよ、確(カタ)くして動かされず、常に励みて全力を注いで主の事(ワザ)に務めよ。主にあってあなた方の労苦が無駄になる事はない(コリント前書15―58)
●神の無限の力に頼りて、我らは我等の信ずるがごとくに全ての事をなすを得るなり(ピリピ書4‐13)

赤穂浪士が主君への忠義を守り抜き【大義】を果たすためには、本心が認められずに、同じ武士から軽蔑されるまでの孤独な苦難の【涙の谷】を乗り越えてこそ実現させた感動を忘れないことです。

●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●あなた方はキリストのためにただ彼を信じることだけでなく、彼のために苦しむことも賜っている(ピリピ書1‐29)

私たちもまた【キリスト精神】に生きて【ビジョン:理想・夢・志】を目指すならば、世間の無理解だけでなく、キリスト教会からも迫害されることを覚悟するべきです。

最後の頼みのキリスト教会や家族など【人間理想】や【家族愛】からも見放されても、我らの≪主君≫である【主イエス】だけは最後の最後まで我らと共にいて下さります!≪主君≫でありながらも、≪真の友≫≪霊的兄弟≫として≪いつも一緒≫です!

●視よ、我は世の終わりまで常に汝等と共に在るなり ≪With You Always≫(マタイ伝28‐20)
●神は我等の避け所、また力なり。悩める時の最もちかき助けなり(詩篇46-1)
●私が神に信頼していた時には、神は決して私を見捨てられなかった(クロムウエル)
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。
 私はあなた方を友と呼ぶ。父から聞いたことをすべて、あなた方に知らせたからである(ヨハネ伝15-15)
●【友人としての神】
 神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。恩恵を施すの手がある。
 神は名ではなく実である。道理ではなく性格である。帝王ではない友人である(内村鑑三

そして、無限の【バイタリティ:生活力=生命力+活力】と【ダイナミック・パワー:信じる力・望む力・愛する力】を与えてくれます!
【神の愛=主イエス】のおかげで、【ビジョン:理想・夢・志】を目指す時に、世に棄てられ、無理解・孤立の≪どん底≫にあろうとも【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は活き活きとされて、勇気と励ましと慰めと希望に満ち溢れます!

●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てを持っている  (コリント後書6-9~10)
●四方から患難にあっても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない     (コリント前書4-8~9)
●あなた方をキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなた方をいやし、強め、力づけ不動のものとしてくださる(ペテロ第1書5‐10)
●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)
●我々は神の命じ給う道を歩いていれば日々その務めと力とがおのずから与えられる。特にそれを得ようと思いわずらうことはいらない。ただそれを受け入れて実行すればよい(ヒルティ)

私たちの日本はキリスト教会信者(クリスチャン)はいつまでも少数のままであり表面的にはキリスト教を国教とはしていませんが、一年を振り返り、新たな年を迎える年の瀬の大切な時期に、≪【神の愛=主イエス】:不思議な力】を讃美しながら、自己を捧げて【大義:使命・天職】に生きる【キリスト精神】を守り育てているのだと私は信じます。それが日本民族に適した【神の愛=主イエス】の姿だからです。

●真理は教会よりも大なり(内村鑑三
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
イエス・キリストは昨日も今日もいつまでも永遠に変わることがない(ヘブル書13‐8)

私たち日本人が愛好する生き方が≪赤穂浪士≫ならば、単に自己欲求の為にのみ生きる事よりも崇高な【大義】の為にはあえて殉死をも覚悟の上での自己犠牲の生き方を選ぶことを誇りとするからこそ、特攻隊やひめゆり部隊が生まれる事になり、26聖人や隠れキリシタンの殉教も生まれたともいえるでしょう。

しかし、我らの【主イエス】は血による自己犠牲の殉教を最早好まない方です。死ぬ覚悟で精一杯生き続けて【神の愛=隣人愛】を持って多くの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を救い出すことを望んでいるからです。

それはベートーベンが「喜びの歌」で宣言したように、人類がみな兄弟として和解させ自由と平和を世界に実現させるという壮大で勇気あるチャレンジとは神が喜ばれ望みとされる【天国再建事業】といえるでしょう。

●私(神)は誠実な愛情を喜ぶが、犠牲(いけにえ)を悦ばない、全焼のいけにえよりも、むしろ神を知ることを喜ぶ (ホセア書6‐6)

【聖書:イエスの生涯と教え】に信愛して【主イエス】を≪主君≫として生きる事を決意したならば、私たちは人生理想も人生目的も外に求め探す事なく、我が内に【神の愛=隣人愛】が注がれて、それまで不可能と思われていた≪大いなる事業≫が【神の愛=主イエス】との協働事業として実現に向かうという≪≪【神の愛】の不思議な力≫により霊的体験をするでしょう。

●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て我等ははじめて独立の人となるのである(内村鑑三
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、眼を神に注いで事業はおのずから成る。
 神は事業の神なれば、我らは神を信じて無為の生涯を送らんと欲するも得ず(内村鑑三
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせてあなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)

皆さんの新年が今年よりも素晴らしい青年のチャレンジの一年でありますように心より願っています!

●年若き者も疲れ果てうみ、壮年なる者も衰えおとろう。しかし、主を待ち望む者は新たなる力を得る。またワシの如く翼をはりてのぼらん、走れどもたゆまず歩めども疲れない(イザヤ書40-30)
●青年・壮者とは;
  常に不可能を計画する人
  常に大改革を望む人
  常に詩人的にして夢想する人
  常に利害にうとき人
  常に危険を感ぜざる人 (内村鑑三
★★メリー・クリスマス!善き年をお迎え下さい!★★