【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

≪異教徒・異邦人≫の時代到来!①

◇◇【異教徒・異邦人の救い】⇔折られた枝(その1)◇◇
【2003年3月13日に作成した<第294回>に加筆】 
イラク攻撃問題について「ロマ書10~11章」の視点で考える

●私(主)は私を求めない者に見出させ、私を尋ねない者に、自分を現した(イザヤ書65‐1、ロマ書10‐20)
イスラエルは、その追い求めているものを得ないで、ただ選ばれた者がそれを得た。他の者はかたくなになった(ロマ書11‐7)
●一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人が全部救われるに至る時までのことである(ロマ書11‐25)

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します。

世界は「イラク攻撃問題」で≪キリスト教社会≫と≪非キリスト教社会≫に分けられているように感じます。≪キリスト教社会≫も二分されています。【主イエスの愛】の立場につくか、【神の正義】を唱える【教会主義の政略】の立場につくかのいずれかです。

それは【神の愛=主イエス】が登場してくれた時代において、≪ユダヤ教社会≫と≪非ユダヤ(異邦人・異教徒)社会≫に分かれていた時と同じだ思います。

万物を創造された【父なる神】は全人類を愛している【愛の神】です。【神の義と愛】から遠ざかって生老病死の苦難の【荒野:現実社会】をさまよう【子羊:全人類】を一人も滅びさせまいと【神の愛】の方から救いの手を差し伸べ続けています。

●私に目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God' Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、天に在ますあなた方の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れることはない(イザヤ書49‐15)

先ず最初に【イスラエル(ユダヤ民族)】が選ばれ【救いの義の神】に導いてくれました。彼等は【義なる神=十戒】を大切に守り続けました。そして全人類救済のために【父なる神】に【救世主(人の子)】をこの世に現すことを祈り求めてくれたのです。

ユダヤ民族】の忠義なる預言者たちが≪神の義≫へ【礼拝:讃美と祈りと感謝】し続けたおかげで、ついに約1000年後に【主イエス=神の愛】が【ユダヤの預言書】の通りに、降誕し十字架の贖いの死を受けて栄光の復活をしました!

しかし、【主イエスの愛】を通じて【愛なる神】に選ばれ救われる者とは、既に≪義の神≫に選ばれ救われた【ユダヤ民族】ではありませんでした。

ユダヤ民族】の多くは教会権威が中心となって、【主イエス】を迫害する敵対関係となり、【主イエスの愛】に対しては、現在でも多くは≪不従順≫となっているからです。

しかし、私たち【異邦人・異教徒】が感謝して記憶すべきことは、【主イエス=神の愛】を全人類の≪救世主≫として招いたのは【ユダヤ人(預言者)】のおかげであるということです。

そして、【ユダヤ民族】が≪神の義≫に選ばれ愛されている証拠は【主イエス】が【ユダヤ人】として生まれた事に示されています。

●福音について言えば、彼等(ユダヤ人)は、あなた方ゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である(ロマ書11‐28)

一方で【主イエス=神の愛】に選ばれ導かれた者の多くは【ユダヤ民族】の信じる【義なる神】を受け入れずに≪不従順≫であった【異教徒(異邦人)】でした。

つまり、各民族でも個人でも一時的に【神の義と愛】に≪不従順≫であることこそが、全人類を救済するための【神の意志と計画】であると記されています。

●あなた方が、かつては神に不従順であったが、今は彼等(ユダヤ)の不従順によってあわれみを受けたように、彼等も今は不従順になっているが、それは、あなた方の受けたあわれみによって、彼等自身も今あわれみを受けるためなのである(ロマ書11‐31)
●神は全ての人をあわれむために、全ての人を不従順の中に閉じ込めたのである(ロマ書11‐32)

【神の愛=主イエス】にも【神の義=十戒】にも全く反して≪不従順≫であった私自身でも救われたこともまた、実は自己のの無力と罪を自覚できる【チャンス:神の恵みと祝福】であったのです!

先ずは≪不従順≫の不信仰生活を経験したから、【神の愛=主イエス】へ自分から進んで喜んで立ち帰られたことは感謝感激です!

●ああ深いかな、神の知恵と知識との富は、そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい(ロマ書11‐33)

私たちが現在目撃している現象は、【ユダヤ教徒】がそうであったように、今度は【キリスト教徒】が≪不従順≫に閉じ込まれつつあるということだと思います。

先日のCNN「ラリー・キング・ショー」では、イラク攻撃について、米国を代表するキリスト宗教者5人が生出演し【聖書の言葉】を使って、それぞれ各自の信仰的発言をしてくれました。

ラリー・キングは彼等に質問します。「もし、イエスが生きていたらどうします?」

カトリック系の神父は間違い無く「武力攻撃反対」をすると主張し自らも攻撃反対を主張しました。
一方でプロテスタント系牧師はこの世の権威は神に与えられるものであって、信仰あるブッシュ大統領を先ずは信頼するという立場や、正義の為の武力はイエスも認められるという主張をしていました。

互いに【聖書】の都合のよい個所を選んで解釈しているので、全く反対意見であっても彼等の主張で共通する事は「【聖書】に立ち帰れ!」という事でした。

私は彼等が公認する≪キリスト教徒(クリスチャン)≫ではありませんが、【聖書】に立ち帰るならば、異なった解釈を持ちました。

それは、【主イエス=神の愛】ならば戦争反対や戦争肯定の渦中に存在せず、【この世の勢力:富・権威・名声】とは無縁のかけ離れた世間的には<見捨てられた石>の存在でも、【神の愛=主イエス】にとっては、新時代を築く貴重な【コーナー・ストーン】に留まっていて世間の表舞台にはおらず、目だたない存在であり、個人の魂と肉体を救うために【福音伝道】をしているに違いないという見解です。

●家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。これは主のなされたことで、私たちの目には不思議に見える(詩篇118‐22、マタイ伝21‐42、マルコ伝12‐10、ルカ伝20‐17、使徒行伝4‐11、エペソ書2‐20、ペテロ第1書2‐7)

【主イエス】が公的活動をしたわずか2年半の時代においても、世界史を観るならば、各地で武力紛争や人権弾圧は多発しています。
にもかかわらず、全人類を救済してくれるはずの【神の子】なる≪救世主≫の【主イエス】は現在のような政治活動や平和運動の為のデモ活動にや立ち上がりませんでした。何故でしょうか?

●キリストが心にかけた事は民衆自身のことと一致する(クロムウエル)

全人類を救済する≪最善最強の手段≫とは、既成権威に向かって反抗したり説得するのではなく、当時の【教会権威・政治権力】から見放された目の前の人々を救済する事であることを指し示したからです。

●大事業の端緒はまず目前の義務を果たすことなり(内村鑑三
●目の前の一人を救える者こそが世界を救える(ユダヤの格言)

そして、個人が【神の愛=主イエス】によって霊的に救済されて、本来の自分に目覚め、各自に与えられた【十字架:使命・天職】を背負い互いに助け合ってこそ、世界平和も政治改革も社会改善も実現できることを自ら実践して、私たちに教え示してくれたと私は理解します。

●幸福と十字架(内村鑑三
人類の幸福は 学術の進歩を要す
  学術の進歩は 思想の自由を要す
   思想の自由は 政治の改善を要す
    政治の改善は 人心の洗浄を要す
     人心の洗浄は 霊魂の釈放を要す
      霊魂の釈放は キリストの十字架を要す
●経済の背後に政治あり  政治の背後に社会あり
 社会の背後に道徳あり  道徳の背後に宗教あり
 宗教は始めにして経済は終りなり。宗教の結果はついに経済において顕れる(内村鑑三
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三
●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1-18)
●【福音の勢力】(内村鑑三
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●【キリスト教の真意(内村鑑三)】
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと

★★【その2】につづく★★