【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【試練】⇔オーディション!リハ-サル!

◇◇ 【試練】には神様も共にいて【目的】がある!◇◇
【試練】は【ミッション:使命・天職】に導くオーディション!リハーサル!
【2000年12月2日に作成した<第28回>に加筆】2000年12月2日TV埼玉「ハーベストタイム」を観て

今日、私は「車椅子のジョニー」(ジョニー・エレクソン)さんを改めて詳しく知り感動しました。

彼女は青春の17歳に妹と海岸での水泳中に大事故に遭います。海に飛び込んだ時に予想よりも浅かったために、首を骨折したのです。それ以来、四肢マヒの不自由な身体となります。
彼女にとってのこの悲劇が【試練:神の導き】であった事を自覚するには多くの時を必要としました。
しかし、それから数十年後の現在では、彼女自身はその事こそが彼女自身が望んでいた人生に通じる必要不可欠な出来事であると確信しているのです。

●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち神がこの世で彼を
用いようとするその目的が明かにわかり、また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに
通じているのを悟った日のことである(ヒルティ)

【この世】で他者から見れば、悲劇・悲惨に思える出来事であっても、それらは常に【神の愛】の

私は皆さんに発言していますが、皆さんには疑問や反論もあるかもしれません。

彼女は自らに起きた悲劇は、神様による【目的】のある【試練:神の愛の導き】であった!という強い確信で、私たちに勇気と希望を与えてくれます!

●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。我らは何事にかかわらず勇んで
 主の命に従うべきである(内村鑑三
●患難はすべて身の患難にして霊の幸福である(内村鑑三
●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ) 
●患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。患難は手段にして恩恵は目的なり(内村鑑三
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる(コリント前書10‐13)

彼女は私たちに<神様と私たちとの関係>をとてもわかりやすく教えてくれます。

もし、幼い頃の貴方自身が、とってもつらい苦しみに遭遇した時の態度を想像して考えてみて下さい。

例えば、自転車で転んでひざを痛めたときに、貴方は父親に向かって「どうして?」と叫ぶかもしれません。

その泣き叫ぶ時には、私たちはどうして転んだかについての説明や理由を求めているのではありません。、
ただ、「大丈夫だよ、お父さんがここにいるから」といって抱き上げてくれ、背中をなでてもらうので充分ではないかと、彼女は説明してくれます。

私たちと神様とはそのような関係であるというのです。

  「何故、私にだけこんなつらい事が起きたのでしょうか?」と叫んだ時に、

神様は実は貴方のすぐそばにいてくれて、

  「大丈夫だよ、おまえの今受けている苦しみを私は充分に知っているから、私にしっかりとついておいで。私はおまえを信頼していているからなのだよ。」と貴方の全てを覆い包んでくれる存在なのです。《助け主》の【聖霊】となって私たちの内に住まわれる存在です!

●視よ、我は世の終わりまで常に汝等と共に在るなり≪With You Always≫(マタイ伝28‐20)
●神は我等の避け所、また力なり。悩める時の最もちかき助けなり(詩篇46-1)
●それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなた方はそれを知っている。何故なら、それはあなた方と共におり、また、あなた方の内にいるからである(ヨハネ伝14‐17)

しかし、彼女が事故に遭って、すぐにそのように素直に【神の愛】を受け入れたわけではありません。
彼女は上下に反転されながら、板状の堅いベッドに貼り付けられたままで、2年間入院しますが、彼女にとっては最も苦しみの【試練】でした。夜、孤独になると、自殺を試みたそうです。

そんな彼女に、救いに導く【希望の光】を灯(トモ)してくれたのは、友人の心からの励ましでした。
友人は彼女に、次のような素晴らしい【聖書の御言葉】を伝えたのです! 
   「いつも喜び、絶えず祈り、全ての事に感謝しなさい!」
●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである(テサロニケ前書5‐16~18)

当時の彼女には全く不可能なチャレンジでした。しかし、友人は説得をあきらめませんでした。
人生の全てを喜び感謝できないのなら日々の《小さなこと》からはじめよう!と励ましてくれたのです。
彼女は一人になって考えてみると自分自身が車椅子に乗れる事でも、実は喜びに通じる事を発見します。
やがて、自分には、まだ考える頭や多くの能力がある事、窓際にベッドがあって外のきれいな景色を眺められる事、日常の様々なことまで喜び感謝できるようになってゆきます。

彼女は自分の四肢マヒすらも感謝できるほど強く大きな【信仰】を与えてもらっている事に気づきます。
そして、どんことにでも感謝するようになります。初めは不可能と思われた挑戦が素晴らしい成果を産みました!

●その人は種をたづさえ涙を流して出で行けど、束をたづさえ喜びて帰り来たらん(詩篇126‐5~6)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●ひとが本当に神を信じ、それが単に口先だけのことでないなら、唯物論的世界秩序においては、ただ不可能としか思えない多くの事が当然のことになってくる(ヒルティ)

ついに、彼女は自分が今死ぬ事ができないなら、何を為すべきかを神様に教えてもらうように願い祈り始めるのです。

●祈ろうとする時は、先ず私たちが持っているものに対する感謝をもって始めねばならない(ヒルティ)
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い(ヒルティ)

そのおかげで、【神の愛=主イエス】と共に歩み、神の栄光をほめたたえることが《我が道》であることを再認識するのです。
彼女は口に筆をくわえて画家となり、ゴスペル・シンガーにもなり、自分自身の実体験を紹介するために自らが出演した映画製作に挑み、日本を含めて、世界中を飛び回って、パワフルな【福音伝道者】となって大活躍しています。

●【愛】は、イエスに対する【貴い愛】は、人を促して大きな仕事をなしとげさせ人を励まして、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。【愛】は常に向上を欲して、いかなるいと低い事物によっても、引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる(トマス・ア・ケンピス)
●あなた方は、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい(コリント前書10-31)

彼女の【試練】が本来の彼女を最善発揮できる【ミッション:使命・天職】に導いてくれたのです!

●我(主イエス)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●汝は何事にも慎み苦難を忍び伝道者の業をなし、汝の職をまっとうせよ(テモテ後書4-5)
●【最善の最後(内村鑑三)】
 信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
 終わりに近づくほど、ますます善くある。
 最後(ラスト)が最善(ベスト)である。

彼女は今でも、毎朝同じ「お祈り」をするそうです。

●すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい(エペソ書6-18)
●近代人が運動に頼るに対して、クリスチャンは祈祷に頼る(内村鑑三
●絶えず祈るべし、祈祷をもって生命となすべし(内村鑑三
●仕事は、すなわち祈祷(礼拝)なり(内村鑑三

その祈りとは、自分の力だけでは、もう生きていく事すらできないので、【主イエス=神の愛】ならできる、人々への《施しの慈愛の力=【聖霊の力】》を与えてくれるようにと願い祈ることでした。

●【最大の能力(内村鑑三)】
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して、神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●神はかれを愛する者にかれ自身を与えたまう。彼に世界とその富を与えたまわず、世とその名誉を与えたまわず、聖霊を与え給う(内村鑑三
●信仰のための愛ではない、愛のための信仰である。信仰は愛を強め、潔め、高めるために必要なるのである(内村鑑三

自己の無力を自覚して、全てを【主イエス】に頼り、ゆだね任せるからこそ、たった独りでも世界をも変えてしまうような不思議で感動で素晴らしい【神の愛の奇蹟】も【神の愛=隣人愛】で可能です!

●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくにすべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13) ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●今の私があるのは、ただひとえに、あふれるほどに注がれた神様の恵みと、あわれみとのおかげです。
 実際に働いたのは私ではありません。 神が私の内部で働き、祝福してくださったのです(コリント前書15-10)
●我、神と共にありて我一人は全世界よりも大なり(内村鑑三
●神の力強い活動によって働く力が、私たち信じる者にとって、いかに絶大なるものであるかを、あなた方が知るに至るようにと祈っている(エペソ書1-19)
●主が言われた『私の恵みはあなたに対して十分である。私の力は弱いところに完全にあらわれる』それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで私の弱さを誇ろう(コリント後書12~9)

私たちにも【ミッション:使命・天職】に召命する《目的》による【試練:導き・特訓】があることを楽しみにしましょう!この素晴らしい【試練】は《オーディション!リハーサル!》といえるでしょう。

●人間が大きな進歩をするための道は、いつも苦しみによって開かれなければならない(ヒルティ)

皆さんが、厳しくとも最善の【試練:オーディション!リハーサル!】に鍛えられ耐え抜いて、晴れの≪ひのき舞台≫である素晴らしい【ミッション:使命・天職】に抜擢・召命されて、世界を舞台に活躍されることを心より応援しています!Good luck & God bless you!

●人間は生涯中にいくたびとなく、この世における自分の使命に迷いを生じたり、気落ちしたり後戻りしたくなる時期が訪れるものだ。そのような時に最も確かな慰めはもともと我々が神を選んだのでなく、神が我々を選んでその所有とされたいという思いである(ヒルティ)
⇔★あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである(ヨハネ伝15-16)
 ★主よ私は知っています。人間の道はその人によるのでなく、歩くこともその歩みを確かにすることも、人によるのではないことを(エレミヤ書10‐23)
●さあ、元気を出して行動に打って出よう。どのような運命にも立ち向かう勇気を持って。
 いよいよ励み、いよいよ求め、労苦し、時を待つことを学ぶのだ(ロングフェロー
●力強き魂への試練 傷つけど たじろがず すべては大なる終曲に記(しる)され
 我がこころ舞いあがれ 輝きあれ(サムエル・ウルマン)