◇◇《コーナーストーン》を目指せ!誰もが【表舞台の主役】になりたがれば成立しない!(その1)◇◇
【2001年4月16日に作成した<第104回>に加筆】
●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠を得られない(テモテ後書2-5)
皆さんこんにちは。そしてご愛読に感謝します。
元国会議員の松野頼三氏は現在の次期首相をめぐる政争風景をみて野球にたとえた興味深い
話をしてくれました。
「もし、みんながピッチャーになりたがれば野球の試合は成立しない。
そして、もし長嶋やイチローがピッチャーになっていたら、あのようなスーパースターであり得ただろうか。
外野でもキャッチャーでもみんなが適材適所を自覚し満足してそこで能力を発揮するからこそ
試合(政治)は成立する。昔の政治家はそのように身の程を知っていた。
現在の政治家は首相(投手)になりたい(欲求)だけで名乗りをあげてやろうとしている。
そうではなくて本当に適した人が選ばれるべきだ。」
ところで、この場でも何度も紹介しているNHKのドキュメント番組である「プロジェクトX」は人気が
あるそうです。その理由は、歴史的に有名な大事業・プロジェクトにおいて成功の背後の【隠れた
主役】をみつけだして丹念に描いてるからだと思います。
そこで、描かれる人々の多くは表舞台で派手に目立つ事も無く世間的な名声や富を得るわけでもなく、
ただひたすら自分の立場を完遂するという、まさに【ミッション:使命・天職】に生きた幸福な人々であると思います。
●人の最大発見物は天職なり。これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)
●人生において何よりもまず知らなければならないことは、自分が何を本当に成し遂げたいのかである。
そして、遂にそれを知り得たなら(それは通常、生涯の半ばを費やす)この目標と共に手段をも得よう
としなければならない(ヒルティ)
私たちでも、自己の【タレント:個性・才能・可能性】に見合った、社会の<適材適所>を見出せば、
そこで【ミッション:使命・天職】を発見することは可能なはずです。
その際に、先人の教え・経験に学ぶのであれば、ある程度の覚悟が必要です。
それは次のような避けては通れない【一時的な試練】を経験することです。
◆家族・身内の肉体的・精神的・経済的な犠牲があること
◆世間的評価(富・名声)が期待できないこと
◆安全な道には見えないこと
これらは産みの苦しみであり、あくまでも【一時的試練】であります。
何故このような【試練:神の導き】が必要なのでしょうか?
それは【ミッション:使命・天職】は自分独りの事業ではなくて【神の愛=主イエス】から託された、
【神の愛=主イエス】が喜び望む<隣人愛と自由の解放>である【神の愛の協働事業】だからです。
●神はあなた方のうちに働きかけて、御心のままに願望を起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神の善しとされるところだからである(ピりピ書2-13)
●【偉業(内村鑑三)】
我れ事を作(ナ)すにあらず、これを作さしめらるるなり
我は我れの欲する事をなしえずして、欲せざる事をなさしめる
神は我をして我れ以上の思想を語らしめ、我れ以上の事をなさしめ給う
神に頼るは我は小なりといえども、はなはだ我は大なる者なり。
従って、常に自分自身の無力を感じて、謙虚さや初心を取り戻させて【愛と自由】の重要さを学び、
自己都合の計画は破れ去り、【神の愛=主イエス】の<意思と計画>が実現されるために、さらに
【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】を抱かせるために、我執・エゴ・傲慢・忘恩・独善による
自己中心の精神をたたき直してくれる、まさに【神の愛=主イエス】の<愛のムチによる導き>であると
理解すべきです。
●神様は(お前)を欺くことはない。あまり自信の強過ぎるものが失敗するのだ。神は素直な人々の
道連れとなり、身をへりくだる者に自身をお現しになる(トマス・ア・ケンピス)
●失敗は方針を転ぜよとの神の命である。我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである
(内村鑑三)
それは、孫悟空の心を戒めてくれた【頭の輪】のような存在ですね。
●あなた方の会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
あなた方を耐えられないような試練に会わせる事はないばかりが、試練と同時に、
それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである(コリント前書10-13)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが魂の父は、私たちの益のために、
そのきよさに預からせるために、そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●我が子よ、
主の訓練を軽んじてはならない
主の叱責をいとうな
父がかわいがる子をしかるように
主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
この【一時的試練】をひとつひとつ乗り越えて行くうちに、知らぬうちに、この世での成功を人に譲り、批判や無理解を受入れて、自我を殺してでも、満足して喜んですすんで【ミッション:使命・天職】にチャレンジできるようになれます。失敗を繰り返しながら【試練】は【特訓:リハーサル!オーディション!】といえるでしょう!
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、他のいかなる道でも達せられないほど、
神に近づく事ができる(ヒルティ)
●失敗は罪ではない、目的が低いことが罪である(内村鑑三)
その時には、既に恐れも不安も失せて、希望と勇気に満ち溢れて、やがては生活の安定も理解者も現れて、本当の幸福感が訪れるはずです。【神の愛=主イエス】が私たちに<約束>されていることだからです!
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。(これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのもの(衣食住の必要)は加えて与えられる。
だから明日のことを思い煩うな。明日の事は明日自身が思い煩うであろう。一日の労苦はその日だけで
十分である(マタイ伝6‐33~34、ルカ伝12-31)
●神が御子イエスにおいて前もってお決めになった神の御心である、御旨の奥義を私たちに示して下さった。
時がついに満ちて、御心である救いの業が完成され、
天にあるものも地にあるものも、
いっさいのものが、頭であるキリストにあって一つに集められる。
私たちは御心のままにすべてのことを行われる御子の御計画によって
前もって定められ、神の民として選ばれ、約束された御国を受け継ぐ者となった(エペソ書1-9~11)
★★【その2】につづく★★