【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】 【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】

【良心】は<神の生命>である!

◇◇ 【良心】は<神の生命>である!◇◇
【2000年12月19日に作成した<第41回>に加筆】

●道徳は人の道であり、良心は神の生命である(内村鑑三

皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

欧米人に「あなたは自分の何を一番大切に守りますか?」と問えば、「自分の【良心】!」と答えるのを
よく見聞きします。

●他のいかなる自由よりも、先ず第一に良心に従って知り、考え、信じ、かつ言うことの自由を
 我に与えよ(ミルトン)

【キリスト精神】の【良心】とは、<人の道(ヒューマニズム)>である【道徳】とは異なると思います。
道徳は外なる戒律に従うことで、本心でなくても実践できる事に対して、【良心】は内なる本心そのものです。

それでは、その【良心】はどこから生まれ来るのでしょうか。

●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三

自分自身の生来の理性・才能からでも、教育からでもなく、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】であり、【良心】は<神の愛の生命>であると定義する内村鑑三の解釈を私は支持します!

●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
 【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く(カトリック要理:ロマ書2-15~16)

道義的な義人・聖人・歴史的偉人には、不義不正で意気地なしの私が目指したくとも現実的に不可能です。

しかし、自己の【良心】に従った<生き方>を目指すことなら、こんな私でも実現の可能性が大いにあります!
【神の愛=主イエス】が常に【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を最善発揮する【導きの光】となってくれるからです!

●彼らは、自分の剣によって国・地を得たのでもなく、自分の腕が勝利を得たのでも彼らを救ったのでもありません。ただあなたの右の手、あなたの腕、あなたの御顔の光が、そうしたのです。あなたが彼らを恵まれ愛されたからです(詩篇44-3)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行くところ、どこにおいても主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことがなく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)
●汝の道を主にゆだねよ、主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、光のごとく汝の義をあきらかにし、真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)

霊性:魂[勇気]・善意・良心】は私たちの【隣人・社会】に対する外面の言動を内側より監視してくれます。
その前提にある正義と慈愛の基準は【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】であるので、<内なる声>に反する時は<神の愛の生命>は不自由さから窒息状態となり非常につらい葛藤と苦しみを伴う事になります。

つまり、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は私たちの生まれつきの【肉:自我・我欲・我執】にはなく、【霊:精神】に宿るものであり、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は神との交流・一体化できる<聖なる場所>であると言えます。

●神が人に命じ人が神に応える所に良心がある。良心は人の神覚である。
人を離れて人が独り神と相対して立つ時に良心がある。(内村鑑三

自分の心にある<善良なる思い>は全て<神の愛の生命>より来るもので、それに反する悪しき思いは全てが自我・自分自身のものであると理解するべきでしょう。

●洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです(ペテロ前書3-21)

だからこそ、常に<善良なる思い>からの実践とは、自分の独力の手柄ではなく、【神の愛=主イエス】との協働事業であるのだと思います。

いつも喜んで、【神の愛=主イエス】に感謝して、<善良な思い>で祈り願うならば、万事が<善循環>して【神の愛=主イエス】が喜んで【神の愛の奇蹟】も起こることを私は実感できます。ハレルヤ!栄光を主に帰します!

●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである(テサロニケ前書5‐16~18)

霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従えない時の自分自身を情けなく思い悲観したり落ち込む事などせずに、先ずは、自分の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に忠実に実践ができた時に、【神の愛=主イエス】に感謝する事をお勧めします。そうすれば、【神の愛=主イエス】は喜ばれ、<神の愛のパワー>である無限の【ダイナミック・パワー:信じる力・望む力・愛する力】と日々新たな【バイタリティ:生活力=生命力+活力】を増し加えてくれます!

●人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない(ヨハネ伝3-27)
●それ(感謝の心を)持てる者は与えられて、いよいよ豊かとなり、 持たぬ者はその持てるものまで 奪わるるなり(マタイ伝13-12)
●キリストを神として拝するも我等の良心は少しも品性の堕落を感じません。のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、富豪を崇拝して威権を隕(オト)せし国民もイエスを神として崇め奉りて、その失いし自由と独立を回復した例は人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三

たとえ、世間的に落ちこぼれで無名無力であっても、たいした正義感も道義心もなくても、一切心配ご無用です!
【神の愛=主イエス】の声である【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に忠実であろうとすれば、【神の愛=主イエス】は喜んで【試練:神の愛の導き】を与えて、私たちを忍耐強く、優しく丁寧に鍛え直してくれるからです!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと
 思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に平安な義の
 実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
 いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)

そして、<神の愛の生命>である【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は<パワー・アップ>して最善発揮されると、明確な【ビジョン:理想・夢・志】を抱き続け、その実現を目指すように催促し私たちを励ますようになります。

【神の愛=主イエス】は【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が望む【ビジョン:理想・夢・志】を実現させるために私たちを【ミッション:使命・天職】に選考・召命する<特訓:オーディション!リハーサル!>が始まります!

霊性:魂[勇気]・善意・良心】は【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】として従う決意さえあれば【神の愛=主イエス】は私たちを守り育てて、必ず【ミッション:使命・天職】に導いてくれることを信じましょう!

●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)
●私のこの命令は清い心と正しい良心と偽りの無い信仰とから出てくる愛を目標としている(テモテ前書1‐5)

皆さんが【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<内なる声>を【神の愛=主イエス】の【御心】として受け止めて、【神の愛=主イエス】に認められ【ミッション:使命・天職】に召命されて活躍されることを心より応援しています!

●キリスト信者たる栄誉の一つは、弱き取るに足らざるこの身をもってして、なお大望を抱いてその一部分を遂行し得るにあり(内村鑑三
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。(これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
●私たちのために祈ってほしい。私たちは、明らかな良心を持っていると確信しており、何事についても、立派にふるまいたいと思っている(ヘブル書13-18)

ハレルヤ!栄光を主に帰します!
主の恵みに感謝します!アーメン!

今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)