【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】の驚くべき救済方法!①

◇◇神の愛の救済方法⇔【アメージング・グレイス】!(その1)◇◇
【2006年7月27日に作成した<第411回>に加筆】 
2002年NHK・BS『地球に好奇心~アメージング・グレイス』を観て

●【神の救済法】(内村鑑三
死に勝つに生をもってし、暗(ヤミ)に逐つに光をもってし、怨を滅ぼすに愛をもってす、これ神の救済法なり
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)

【神の愛】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは。ご愛読に感謝します!

この世に<神・創造主の存在>を疑う人々がどうしても納得できないと主張する理屈はいたって明快です。
「この世を創造し、今も神がいるなら、何故、悪・闇・不条理・悲惨・不義・不正などが放置されているのか?」

一方で、私は【神の愛=主イエス】が存在しなければ、この地球上の生命は既に絶滅していたと確信します。

●我らのなお亡びざるはエホバの仁慈(イツクシミ)により、あわれみの尽きざるによる。
 これは朝ごとに新しく、あなたの真実はそれほどに大きく深く力強い(エレミヤ哀歌3‐22~23)
●神は過ぎ去った時代には、すべての国々の人が、それぞれ思い思いの道を行くままにしておかれた。
 それでも、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではない。
 すなわち、あなた方のために、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなた方の心を満たすなど、いろいろの恵みをお与えになっているのである(使徒行伝14-16~17)

【聖書】は人間がエデンの園で<禁断の果実>を食べて<善悪の判断能力>を身に着けたと記されています。
しかし、それは【悪魔】の誘惑であり、善悪判断をするための【心の目】に逆さまや歪んで見える「フィルター」が取り付けられているとしたらどうでしょうか?つまり、私たちの「これは悪」「これは善」という判断は疑わしいのです。

従って、本当の【神の愛=主イエス】から見れば、【最善の道】でも【最悪の道】と見誤っている可能性があります。
現代の地球温暖化についても、人間の善悪の価値判断では【最悪の道】ですが、私は【最善の道】と信じます。

●悪い事の中にもなにほどかの善の魂がまじっている。人が注意ぶかくそれをさがし出すならば(シェークスピア
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである(アウグスティヌス
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである(ヒルティ)

せいぜい100年の生涯という、はかない人生から見つめる善悪の価値判断とは異なり、始まりから終わりまでを知っている永遠の【神の愛=主イエス】の善悪の価値判断においては空間・時間的スケールにしても千年万年単位は当たり前です。

生命の根源も全宇宙の根源も正体すらも、ほとんど何も解っていない人類の叡智と能力と異なり、天地万物を知り尽くし全智全能の【神の愛=主イエス】が、愛する万事万物を滅ぼさないように考える時の善悪の価値判断を、私たち人類が正確に理解できないことは当然だとは思いませんか?

愛する人たち、このことだけは忘れてはならない。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようである。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです(ペテロ後書3-8~9)

世間的に見れば、私の価値観のほうが「逆さま」であり、皆さんからも愚か者と思われることも覚悟しなければなりません。
そういうわけですから、私の実感する【神の愛】による救済法も【アメージング・グレイス(驚くばかりの余りある恵み】です!
つまり、人間が不可能と決め付ける【悪】【闇】【怨】を【善】【光】【愛】へと大転換させる【神の愛の奇蹟】の救済法です。

4年前に放映されたTV番組で讃美歌やゴスペルの名曲である「アメージング・グレイス」の様々な活躍には感動しました。

そもそもは、アイルランドの作曲者不明のメロディに、ジョン・ニュートンが「歌詞」をつけたことから生まれたとされています。

ジョン・ニュートンは英国の【最悪】の奴隷商人でした。そんな彼の奴隷船がある夜に大嵐に巻き込まれて死にかけます。
彼は思わず祈ります。「神様、こんな私ですが、どうかお助け下さい!」彼の必死の懸命な【祈り】は聞き届けられるのです!

彼は奇跡的救済法によって、【神の愛=主イエス】に立ち帰り、今度は【最善】の【伝道者】になって活躍するのです!
そして、彼はこんな最悪の自分でも救ってくれた!という信仰告白を『アメージング・グレイス』の歌詞に託すことによって200年後の現代にまで歴史を超えて、世界中の老若男女が人種や宗教を超えて、歌い継がれていることは奇蹟です!

この歌詞を紹介すると;
●Amazing Grace

Amazing Grace! How sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I'm found,
Was blind, but now I see.

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed!

Through many dangers, toils and snares,
  I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

The Lord has promised good to me,
  His word my hope secures;
He will my Shield and Portion be,
As long as life endures.

Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

The erath shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.

When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.

a.. 讃美歌第二編167番(われをもすくいし)
b.. 讃美歌21 451番(くすしきみ恵み)
c.. 聖歌 229番(おどろくばかりの)
d.. 聖歌(総合版) 196番(おどろくばかりの)
e.. 新聖歌 233番(おどろくばかりの)
f.. 新生讃美歌 301番(いかなる恵みぞ)
g.. インマヌエル讃美歌 257番(いかなる恵みぞ)
h.. SDA讃美歌 149番(素晴らしい恵みを)

ゞ辰ばかりの  恵みなりき
  この身の汚れを  知れる我に

恵みは我が身の  恐れを消し
  任(まか)する心を  起こさせたり

4躙韻鬚砌(わな)をも  避(さ)け得(え)たるは
  恵みの御業と  言う他なし

じ羚颪肪紊朝  いよよ高く
  恵みの御神を  称え奉らん

直訳に近い訳詩は以下の通りです。

●アメージング・グレイス
驚くばかりの 御恵み たえなる その響きは
私のような みじめな者をも 救い給うとは!
滅びの中にあった私が 今や見出され
盲目であった者が 見える者とされたとは

我が心に神への畏怖を 教えられたのは 恵みであり
私を恐れから 解放して下さったことも 恵みであった
なんとももったいない 有難いことか
私が初めて信じたとき 現れたその恵みは

★★【その2】につづく★★