【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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炭鉱のカナリヤ

◇◇ 炭坑のカナリヤ ◇◇【2001年6月10日に作成した<第146回>に加筆】
日々起きている悲惨な事件・事故報道を観て

●神はその憐れもうと思う者を憐れみ、かたくなにしようと思う者をかたくなになさる(ロマ書9-1-8)

私たちは毎日のように現実社会で多くの悲惨な事故や事件を見せつけられます。その多くは個人の【愛の冷却】から自己不信・社会不信・自己嫌悪が生まれ、やがて社会全体が<無関心・無感動>の空気に満ちていることが原因なのだと思います。

●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、
 多くの偽預言者が起って、多くの人を惑わし、
 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう(マタイ伝24‐10~12)

マザー・テレサも「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」と言ったように、<無関心・無感動>は恐ろしき状態だと思います。

≪炭坑のカナリヤ≫は人間の感覚よりも、繊細で敏感なので、炭坑内で酸素が欠乏していないか、ガスが発生しているのを早期に発見するために用意すると聞いた事があります。

私たちの社会全体に【神の愛=隣人愛】が不足して、一方で【闇:無関心・無感動】のガスが増大しているならば、その危険状態を早期に警告してくれている<カナリヤ>とは一体誰なのでしょうか?

私は日々悲惨な事件を起こして報道されている犯罪者になってしまった人々だと思います。彼らは私たちに向けて「このままでは、愛の欠乏で、みんなも窒息してしまいますよ!」と自ら犠牲となって警告しているように私には思えるのです。

彼等の一部は病人扱いされて「薬づけ」にあって、さらに悪化させられて犯罪者になってしまった気がしてなりません。彼等に最も必要なのは、こんな【闇:無関心・無感動】だらけに映る社会でも、恵み深き【神の愛】は彼らの心にも届けられ、いつも光り輝き続けている事を気づかせてあげる事ではないのでしょうか。

●多くの精神的な、もしくは肉体的な病人について、とりわけその両方の病気をいくらか合わせ持っている神経病者について、彼等の病気も、また、彼等を助けてやれる、あるいは、少なくともその病気を軽くしてやれる治療法もわかっていながら、なお彼等にすすめてその療法を用うるように、なかなかさせられないのは、言うようも無く悲しい(ヒルティ)

犯罪者の犠牲となった被害者の家族や友人たちの悲しみを思えば犯人の事など、かまっていられないと考えるのは当然でしょう。

しかし、私のように犠牲者・被害者家族と無関係な人間がすべき事は、犯人を裁いたり非難したり拒絶することではないと思います。どんな悲惨を目にしても、<人の歩み>は【神の意志と計画】が必ず示されていると信じるからです。

●私はあなた方の年老いるまで変わらず、白髪となるまであなた方を持ち運ぶ。私は造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う(イザヤ書46‐4)
●神は過ぎ去った時代には、すべての国々の人が、それぞれ思い思いの道を行くままにしておかれた。
 それでも、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではない。すなわち、あなた方のために、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなた方の心を満たすなど、いろいろの恵みをお与えになっているのである(使徒行伝14-16~17)
●人の道は主の目の前にあり、主は、その道筋のすべてに心を配って、その行いを見守られる(箴言5-21)
●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか(箴言20‐24)

【神の愛=主イエス】の不在の瞬間など存在しません!常に【神の愛=主イエス】は生命そのものであり、完全無欠で厳格な【天然の摂理】でもある【神の慈愛と正義】が間違い無く実行されていると信じています。

●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる <With You Always!> (マタイ伝28‐20)
●我は道なり、真理なり、生命なり(ヨハネ伝15-6)
●人は天から与えられなければ何も受けることはできない(ヨハネ伝3-27)

一般世間は残忍な殺人犯には死刑を当然のこととして求めるでしょう。しかし、【神の愛=主イエス】を信愛する私たちは簡単に死刑を選べません。彼等の人権や人道的立場ではなく、【神の愛=主イエス】の立場としてです。殺人犯でも私でも、最悪から最善へ、マイナスからプラスへ、人生再出発・再起の≪チャンス≫は何度でもあることを信じましょう!

●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れることはない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している 「Very Important Person in God' Eye」
 (イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、天に在ますあなた方の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)

実際に欧米先進国や世界の多くの国では死刑廃止が実現し、さらに年々増え続けています!
<2007年4月現在>(http://homepage2.nifty.com/shihai/shiryou/abolitions&retentions.htmlより抜粋)
あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国:89
通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国:10
事実上の死刑廃止国:30
法律上、事実上の死刑廃止国の合計:129
存置国:68(含米国) ただし米国では50州の38州が死刑廃止

そして、彼らがなるべく早く自分の犯した行為を心から悔い改めて【神の愛=主イエス】に救いを求めて、彼らのように苦しんでいる人々を救い出す素晴らしい【ミッション:使命・天職】の【福音伝道者】となってくれるように祈り願います。

あの【ミッション・バラバ】のメンバーのように、極悪非道な元ヤクザが、たった一人の妻の願いと祈りによって【神の導き】が働いて、悔い改めて今ではヤクザを含めて、悩み苦しむ人々をたくさん救う牧師や伝道者に大転換したではありませんか。

それが人間の計画とは全く異なる【神の意志と計画】であると私は信じるからです1ハレルヤ!栄光を主に帰します!

●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である(内村鑑三
●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三
●人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごと(御旨)だけが成る(箴言19-21)

たとえ民衆や社会の敵であっても、本人自身と彼等を救いたい!と望む誰かの祈りが通じれば、必ず奇跡的な<人間復活>が起こるのです。その時は、人生大逆転となって、民衆・社会を救済する<導き手>となるのです。

●人の道が主を喜ばせる時、主はその人の敵をもその人と和らがせられる(箴言16-7)

また、犯人をそこまで追いつめたのは私たちが築いている【隣人・社会】そのものです。現場にいた人々や犯人の家族や知人や関係者もまた無関係では済まない辛い体験でしょう。

医療現場や警察関係や司法や政治の対応ではこれからも解決できない問題だと思います。政治がハンセン病のように精神的弱者を社会から一方的に隔離させることは無意味です。

私や皆さんでも、今すぐからでも実践できる<最善の解決策>があります。それは、私たちが<世の光・地の塩>となって、少しでもこの社会を明るくさせ希望と可能性に満ちた存在にさせることなのです。先ずは願い祈る事から始めましょう。

●我等が神に向いて確信する所はこうである、即ち御意(ミココロ)にかなう事を求めれば
 何でも神は必ず聞きいれて下さる。我等が願い求めることは何でも聞き入れて下さる
 とわかれば、神に願い求めた事は既にかなえられたことを知るのである(ヨハネ第一書5-14~15)
●聖徒たちよ、主よ誉めたたえよ
 その聖なる御名に感謝せよ
 まことに、み怒りはつかの間
 いのちは恩寵のうちにある
 夕暮れには涙が宿っても
 朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30-4~5)

マザー・テレサも言っていた「祈りのない家庭には愛がない」とあるように、【礼拝:★讃美★祈り★感謝】が少ない家族・社会に【神の愛=隣人愛】が不足していれば、精神的・肉体的・経済的にも、いろいろと心配も困難も≪重荷≫となって、自力では身動き取れなくなる危険状態だと思います。

●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)

愛が冷めて不足しているところでは、【ビジョン:理想・夢・志】を追いかけ求め信じる心も、実現を期待し望む心までも失せて行き、孤立感・疎外感・被害者意識だけが高まり、やがて無関心や無感動になってしまうのではないでしょうか。

そこで、先ずは私たちから自己の【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できる【ミッション:使命・天職】を目指して日々一歩一歩でも前進させるようにチャレンジしましょう。

そうすれば、【隣人・社会】にも勇気と希望が与えられるはずです。さらには、誰かが既に何事かにチャレンジしていたり、目指そうと望んでいるならば、喜んで励まし応援しようではありませんか。
 
 「大丈夫、君なら出来る!」「君の可能性を信じているよ!」「応援しているからね!」

【神の愛=主イエス】に信愛して、自らも【ビジョン:理想・夢・志】を目指し、【隣人・社会】の可能性への挑戦をも応援して私たちが先頭に立って、少しでも<カナリヤ>が息苦しくならないように、【隣人・社会】の雰囲気を改善させましょう!

●人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいと言う願望と気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの 証明である(ヒルティ)
●おのおの自分にことばかりでなく他人のことを考えなさい(ピリピ書2-4)
●この世において、真実の善良な生活をしようという勇気を彼等に取り戻してやらねばならない(ヒルティ)
●絶えず、何かしら人々の役に立つ者になれ。そして、このような不断の高揚さをおまえの唯一の楽しみとせよ。しかも、時おり神性へ一瞥(イチベツ)を捧げる義務があることを忘れるな(マルクス・アウレリス)

この悲惨な事件・事故が多発する混迷波乱の<闇深き社会>にあっても、【神の愛=隣人愛】に輝く【ビジョン:理想・夢・志】を旗印に掲げて、【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の<不屈の楽天主義・楽観論>で前進されることを心より応援しています!

●イエスは人々に言われた。「私は世の光である。私に従う者は決して暗闇の中を歩むことなく、命の光を持つ。」(ヨハネ伝8-12)
●立ち上がれ、青年たちよ!思索せよ、青年たちよ!時を空しく過ごすなかれ!
 目を開け!大地を踏みしめ、未来へ進め!歯を食いしばり、前進せよ!
 まだ手を差し伸べられていない苦悩の民衆のために、道を示し、その智慧を引き出せ!
 明るい微笑みで、心をはずませ 歓喜に魂を燃やしゆけ!(キルギスの詩人チニスタノフ 
●暗い嵐の夜に だれも松明(たいまつ)に火をつける者がなく
 扉をたたく君に だれ一人として応じる者がいなくとも
 君よ、失望してはならない 雷(いかずち)が激しくとどろくなかで
 我が心の松明に火をつけ 一人、暗闇(くらやみ)のなかで火を燃やせ(タゴール