【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

災い転じて【神恵】となせ!①

◇◇「災い」転じて【神の愛の恵み】となせ!(その1)◇◇
【2005年1月10日に作成した<第359回>に加筆】 

●死に勝つに生をもってし、闇を逐うに光をもってし、怨を滅するに愛をもってす、これ神の救済法なり(内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

今日現在に苦難のどん底にあって、将来に不安にある方々には、【神の愛】に目覚めて
【復活・再起】への励ましと慰めとなりますように祈っています。
明日こそ【ビジョン:理想・夢・志】を目指す方々には【前進!】への勇気と希望となりますように
【主の御名】によって祈ります!アーメン!

アジア・アフリカ数カ国を巻き込んだ津波の大災害に対する様々な反応には興味深いものがあります。
日本の紅白歌合戦と同じように、年始に恒例の祭典「ウイーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」では
観衆の大拍手と一体となっての派手なフィナーレとされる「ラデツキー行進曲」を控えたと聞きました。

欧米を中心として各国は「半旗」で気持ちを表明したり、被災国の駐在大使を招いてミサを開いたり、
香港では早くも芸能人有志が集まって「チャリティ・コンサート」を開くなど様々に意思表明しています。

特に注目したのは「信仰」の意義について改めて考える【チャンス】ととらえたCNNの各種番組でした。
ラリー・キング・ショーでは常に≪神の存在≫≪信仰の意義≫について宗教家や専門家をゲストに招いたり
クリントンやブッシュ元大統領にも信仰について執拗に質問しても、ゲストの誰もが今回の大災害では
≪神の存在≫への疑いよりも、かえって「信仰を強めた!」と応えます。

クリントンの提案によって、被災地の宗教であるイスラム教、仏教、ヒンズー教の専門家を招き、さらに
ユダヤ教プロテスタントカトリックの専門家も招き、各宗派の立場で「大災害」について意見交換して
視聴者に≪信仰の意義≫について真剣に【福音伝道】していることには感動しました。

「災害」の悲惨さにだけ注目していると、目に見えない≪神の存在≫など忘れ後回しにしてしまいがちです。
不条理で理解しがたい【隣人】の「災害」の時こそ、わが身に起こっていない者は騒がず静かに立ち止まり
冷静に【神の愛】について考えることは賢明であると思います。

●汝等、立ち帰りて静かにすれば救いを得、穏やかに依り頼まば力を得べし(イザヤ書30-15:ルター特愛の聖句)
●恐れるな、私はあなたとともにいる。たじろぐな、私があなたの神だから私はあなたを強め、あなたを助け、
 私の義の右手であなたを守る(イザヤ書41-10)
●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、『何の喜びもない』と言う
 年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し(内村鑑三:ホセア書4‐3)

【神の愛】はいかなる時にも、どこにいても、<いつも一緒!>で私たちを見守り続けていることは、今回の
「大津波」においても証明できます。

●視よ、我は世の終わりまで常に汝等と共に在るなり≪With You Always≫(マタイ伝28‐20)
●見よ乙女がみごもって男の子を産むであろう。 その名はインヌマエルと呼ばれるであろう。
  これは「神我等と共にいます」という意味である(マタイ伝1‐23、イザヤ7-14、8-8,8-10) 
●私は父にお願いしよう。そうすれば、父は別の助け主を送って、いつまでもあなた方と共におらせて下さるであろう
 (ヨハネ伝14‐16)
●それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。
 あなた方はそれを知っている。何故なら、それはあなた方と共におり、また、あなた方の内にいるからである
 (ヨハネ伝14‐17)

今回の「大津波」は人間の傲慢への「神からの天罰か?」「自然の報復だ!」「自然を恐れるべきだ!」などと
どちらかといえば天罰や自然からの警告として解釈する人も多いと思います。

日本の報道は、今回の「大災害」は他人事ではなく日本の天災に備えて準備しようという啓蒙に感じます。

一方では、「それならば何故、豊かでもない一番貧しい人が最も被害を受けなければならないのか?」という
不条理に感じる人もあるでしょう。「神は本当に存在しているのか?」という疑問に至るかもしれません。

しかし、【神の愛】に信愛する立場で観るならば、私たちは【新たな視点】の【新しい考え方】に至るはずです。
それは【神の愛】に祈り願い望んだことは必ず実現する!という大前提の上での【新たな視点・価値観】です。

●求めよ、さらば与えられん、捜せ、さらば見出さん、門を叩け、さらば開かれん(ルカ11-9~10)
●求めよさらば与えられん、そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう (ヨハネ伝16-24)
●あなたの口を広くあけよ、私(神)はそれを満たそう(詩篇81-10)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録(賀川豊彦

【神の愛】に祈り願い望んだことが思い通りに実現しないように思えることも、死後数百年後に実現していたり、
はるかにダイナミックに実現されることは【神の愛】が私たちよりもはるかに慈愛と叡智に満ちて溢れているからです。

●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。即ち必ず成就すべき事を前もって語に表することである
 (内村鑑三
●わが祈祷が聴かれないと言う時に、祈祷以上が聴かるるのである。祈祷が聴かれないのではない。
 我等が祈求むるところ、思惟うとろこよりもいたく過(マサ)りて聴かるるのである(内村鑑三
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、私の道はあなた方の道と異なる。
天の地よりも高いように、私の道はあなた方の道より高く、私の思いはあなた方の思いよりも高い
 (イザヤ書55-8~9)
●私(主)がしていることは、今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるであろう(ヨハネ伝13‐7)

たとえ【神の愛】を学ぶことも知らされるチャンスもなく、異教徒であろうと、教会的礼拝を習わずとも、分け隔てなく、
動植物であろうと万物の嘆き苦しみや、心からの声にならない「嘆き・うめき」さえも【御霊・主イエス】が引き受けて
祈れない声にならない絶望者の【身代り:仲保者・弁護人】となってくれる【アメージング・グレイス(驚く恵み)】である
ことを知るべきです。

●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、私を平和のうちに救い出してくださる。
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)

従って天然に起こる【最悪・暗闇】である「大津波」にも【神の愛】の【メッセージ・応答】が示されていると信じます。

●悪い事の中にもなにほどかの善の魂がまじっている。人が注意ぶかくそれをさがし出すならば(シェークスピア
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
  (アウグスティヌス「エンギリオン」)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、いつも我々の暗い運命のどこかある一点が
 明るくされることによってである(ヒルティ)

「大津波」に遭遇した多くの住人はイスラム教徒、ヒンズー教徒、仏教徒であり、内乱の被害者であったと聞きます。
一方で欧米キリスト教徒には観光の人気スポットが隣接して、そこだけが異様に繁栄した天国と地獄の光景でした。

様々な世界的宗教が交流する地点であり、この世の貧富が共存し、内乱と平和が共存していたことを考えると、
そこは「第二のエルサレム」といえるかもしれません。いつ分裂があってもおかしくない状態であったにもかかわらず、
私自身も含めて多くの人々が無関心であったり、後回しにされてきた地帯であったことが明らかにされたのです。

現地一帯で「誰か助けて!」「もう耐えられない!」という動物も植物も人間もうめき嘆く中であっても忙しい世間は
見向きもせず、津波対策も後回しにするも、一方で温暖化・環境破壊が進み、ついに【祈り願い】が成就したのです!

今回の災害で一番死んだのは「子供たち」であること、生き残った孤児がたくさんいることを知って、怒り嘆くことをやめて
冷静に【神の愛=主イエス】の立場で考えて見ましょう。

過酷な土地でも不平や文句を言わず、家族のために、砂浜に魚を取りに出かけた勇敢な彼らこそは【愛の殉教者】です。
「もう十分だよ」と【神の愛】から承認され、彼らは間違いなく【神の愛】に招かれて私たちよりも≪飛び級≫で【天使】に
昇格して、今は自由に世界中を喜び飛び回って【最後の審判:主の再臨】までの準備に活躍していると信じましょう!

アジア・アフリカの十カ国に及ぶといわれる被災地には、数々の団体が支援に向かっています。これまでの政治的や
因習や宗教的価値観で子供たちに聞かされず閉ざされていた、【神の愛】の【福音:聖書】が、戦後の日本のように
今こそ孤児たちを中心にして、【神の愛=聖霊】から注ぎこめられる【絶好のチャンス】が到来したのだと私は確信します!

朝鮮戦争ベトナム戦争の時のように、孤児の多くは、欧米のクリスチャン・ホームの養子となって迎えられるでしょう。
彼らは【神の愛】に触れて民主主義の素晴らしさ、自由とは人権とは何かを学び、ある者たちは、民族国家再建の
指導者や医者や教育者や法律家など、社会の中心人物となって母国で活躍するでしょう。

もし、今回の「大津波」がなければ、十カ国に住む彼らの多くは内乱・貧困に苦しむだけで【神の愛】をも知らされずに
一生を終えていたかも知れません。未開の発展途上国の子供たちを選び、民族救済の【先駆者モーゼ】にするために
天然の災害によって、救出してくれたのです!ハレルヤ!主に栄光を帰します!

●ああ深いかな、神の知恵と知識との富は、そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい(ロマ書11‐33)
●私(主)は私を求めない者に見出させ、私を尋ねない者に、自分を現した(イザヤ書65‐1、ロマ書10‐20)
●多くの先な者は後に、後なる者は先になるべし(マタイ伝19-30、20‐16、マルコ伝10‐31)

★★【その2】につづく★★