【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【ビジョン・パートナー】が道を拓く!①

◇◇【ビジョン・パートナー】との共同事業(その1)◇◇<改訂版・再掲載>
【2002年4月5日に作成した<第236号>より】
2002年4月1日(月)NHK・BS「BSまるごと大全集:鉄腕アトム誕生」
     4月3日(水)NHK(再)「プロジェクトX:耳を澄ませ、赤ちゃんの声に」を観て

●もし、あなた方のうちの二人がどんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう(マタイ伝18‐19)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

私たち各自が心に描く【ビジョン:理想・夢・志】が【神の愛】からの素敵な<無償ギフト>だと信じられるならば、【ビジョン:理想・夢・志】実現においては【隣人・社会】の協力・支援者が必要不可欠だといえるでしょう。

【神の愛=主イエス】が愛し望み喜ぶ【ビジョン:理想・夢・志】ならば、多くの人々の<心を一つ思いを一つ>にした【チーム・スピリット&チーム・ワーク】による【愛の結集】の方が好ましいからです。

●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●兄弟たちよ、互いに励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたと共にいて下さるであろう(コリント後書13‐11)
神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
 ⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)

例えば、日本アニメを代表する「鉄腕アトム」にしても、手塚治虫だけではこの世に登場しなかったことを私は初めて知り感動しました。

鉄腕アトム誕生のきっかけは、手塚治虫さんとは無関係の雑誌「少年」から起こったそうです。

敗戦後の少年のために夢と希望を与えたい一心で編集していた金井編集長はアメリカの「スーパー・マン」にヒントを得て、日本にもヒーローがいると、きっと子供たちの勇気と希望を与えられるに違いないと確信します。

そこで、金井さんは編集会議で子供に希望を与える新たな道としてマンガの企画を提案したそうです。そのためにはマンガ家を探さねばなりません。

そこで、編集員は新人発掘を目指して全国に旅立ちます。彼等の中で大阪で探す者が貸し本屋で子供に評判の赤本の世界で有名になっていた手塚さんの作品に出会ったのだそうです。赤本は大手出版社も相手にしない世界でありそれまで東京では、手塚さんは全く無名だったのです。

その頃の手塚さんは大阪大の医学部在学中の22才であり、そろそろ医者を目指すべきかマンガ家を目指すべきか、将来の進路を決める時期でした。

そんな時に、まだ無名の東京で雑誌「少年」でのマンガ連載という新たな企画を申し込まれたことで、マンガ家を選ぶ決心がついたそうです。

金井さんの【ビジョン:理想・夢・志】が天才手塚治虫が産み出されれるきっかけとなったともいえるでしょう。そして、貸し本屋の赤本の中からまだ無名の手塚さんを発見した編集員の<心意気>があったからともいえます。

しかし、手塚さんの独力だけでは「鉄腕アトム」を簡単に産み出すことはできませんでした。

1951年当時、水爆実験が実施されたことにショックを受けて、科学技術の有効利用を望んで、科学技術が有効利用される別世界の「アトム大陸」を着想したのです。しかし、金井さんはもっと絞り込むことを要求します。

結局、当初は原稿締め切りが迫っており「アトム大使」となったそうです。
アトムは宇宙からやって来る大使として第4話から登場する脇役の予定で連載は始まってしまったのです。

手塚さんの科学を解りやすく子供に教え、将来の平和活用を願う気持ちは十分にあったのに、子供には連載はまったく不人気だったそうです。

連載最初の年の年末に手塚さんが画いた年賀状には、手塚さんのマンガの有名な登場人物は皆勢ぞろいしているのに「アトム」はそこに描かれてもいないほどの存在だったのです。

あの天才漫画家と言われる手塚さんでも自信を失いかけるほど落ち込んでいたのです。

金井さんも日夜悩み続ける日々の中で、【神の愛=聖霊】はある日の朝に<ひらめき・霊感>を与えてくれたのです!

 「そうだ!アトムは強過ぎるロボットだから子供に人気がないんだ!弱さや人間らしい心ある姿にしたら、きっと子供に受け入れられる!」

金井さんは早速、手塚さんに相談しました。手塚さんは謙虚にも直ぐに了解してくれたそうです。彼等には共通の【ビジョン:理想・夢・志】があったから、いつも<心を一つ思いを一つ>にしていたからだと私は思います。

手塚さんは「ピノキオ」をヒントにし始めます。人がうらやむような力があることが、アトムにはかえって欠点であるという少年アトムを考えます。
アトムは人間の子と同じ学校に通い、両親と生活する表情豊かな姿になり、弱きを助け強きをくじくヒーローがここに誕生したのです!

私は「鉄腕アトム」が誕生するために、いかに多くの人々の関わりがあって支援協力があってこそ誕生できたのかが、今回初めて理解できました。

金井さんや編集スタッフの【ビジョン:理想・夢・志】が天才手塚治虫を求め、探し出したといえるでしょう。そして、<鉄腕アトム>は<心を一つ思いを一つ>の【愛のパワー】で結集して完成した【愛の結晶】です!

●愛(神の愛)はいかなる瞬間にも、我々の心を満たし、他の全てをそこから追い払おうと用意している。それが実現すれば、その結果として世界苦とこの世の不安とは消え去り、生きる喜びがわいてくる(ヒルティ)
●愛はいつまでも絶える事はない、しかし、預言はすたれ、異言は止み、知識はすたれるであろう(コリント前書13‐5)
●あなたの神、主は、あなたの内にいまし、救いの勇士であって勝利を与えられる。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によってあなたを新たにし安らぎを与える。祭りの日のように主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる(ゼパニヤ書3-17)
●絶えず、何かしら人々の役に立つ者になれ。そして、このような不断の高揚さをおまえの唯一の楽しみとせよ。しかも、時おり神性へ一瞥(イチベツ)を捧げる義務があることを忘れるな(マルクス・アウレリス)

同じように、たった一人の熱き思いである【ビジョン:理想・夢・志】が支援者や同志を呼び起こさせて、見事に実現させた感動的な話があります。

いつも感動させてくれるプロジェクトXで紹介された「パルモア病院」の伝説です。「パルモア病院」の誕生も多くの人々の<心を一つ思いを一つ>の【チーム・スピリット&チーム・ワーク】による【愛の結集】であり【愛の結晶】です。

現在の日本では常識である「新生児医療」に最初にチャレンジしたのは「パルモア病院」です。「新生児医療」が実現される以前は産婦人科は母親を、小児科は生後1ヶ月後の生き延びられた赤ちゃんの専門であり、未熟児や難産で障害を受けた生後まもなく危険な子供を専門に診療する「新生児医療」は不毛地帯だったのです。

今では出産の1000人中998人の新生児の生命を守れる世界トップレベルの新生児医療ですが、年間200万人が生まれたベビー・ブーム時期であった1951(昭和26)年当時の日本では、10人中1人が未熟児・仮死状態による出産であり難産で傷つき後遺症を残す赤ちゃんが生まれる悲劇でした。

その当時、京都府立医科大学に、へき地医療を経験して着任したばかりの子供心をつかめる不思議な医者として47歳の三宅医師がいました。

子供が大好きな彼には崇高な【ビジョン:理想・夢・志】がありました。

  「難産から赤ちゃんを救いたい!」

彼は病院長に理由を言って「お産」に立合わせてくれるようお願いしても拒絶されます。そこで他の病院を巡りながら出産に立会うことで発見します。未熟児や難産の赤ちゃんは診療されず見捨てられるのも同然だったのです。「また産めばよい」というあきらめの言葉がささやかれるほどでした。

現状を知って失望している三宅さんのところに、義理の兄である石井さんが時にかなってやって来ます。三宅さんは石井さんに訴えたそうです。

 「大学病院では赤ちゃんは救えない!」

すると、石井さんは三宅さんの予想もしなかった言葉をかけてくれたのです。

 「それならば、私の専門学校の敷地内に君の望む病院を造りなさい!」

石井さんはパルモア学院の院長でした。理解者として支援協力したからこそ「パルモア病院」は誕生したのです!

三宅さんの抱いた【ビジョン:理想・夢・志】は【神の愛=主イエス】が愛し望み喜ばれるものであった証拠だと私は信じます。
三宅さんの【ビジョン:理想・夢・志】であり<祈り>は【神の愛=主イエス】に通じて美しい最善の方法でかなったのです!

●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3‐11)

三宅さんは直ぐに【この世の勢力:富・権威・名声】である教授のポストを捨てて、神戸の町医者になる決意をするのです。

病院の理念は「新生児から診療する!産婦人科と力を合わせて生命を守る!」でした。
そのためには三宅さんの理念に共感する産婦人科医と助産婦さんの協力が必要不可欠でした。

しかし、木造2階建ての町の病院にやって来る産婦人科医などいません。
そんな落ち込んだ時に、三宅さんは大阪市立病院で、子供を失ったために静かに泣き悲しむ母親と共に泣いている椿医師に出会うのでした。


★★【その2】につづく★★