【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

★AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS LOVE!★AMEN!HALLELUJAH!GLORY JESUS KINGDOM!★Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】 【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】

【神の愛】の【訓練:オーディション&リハーサル】

◇◇ 【神の愛=主イエス】の【訓練:オーディション&リハーサル】 ◇◇【2002年5月2日に作成した<第243号>に加筆】<改訂版・再掲載>2002年4月23日(火)NHK・BS「ヨーロピアン・ライフ」5月1日(水)NTV「思いきりTV・今日は何の日」を観て

●私の子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に責められる時、弱り果ててはならない
 主は愛する者を訓練し、受けいれる全ての子をむち打たれるのである(ヘブル書12‐5~6、箴言3-11~12)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)

【神の愛=主イエス】の【訓練】は【試練:神の導き・はからい】として私たちの人生に、恵みとして時にかなって与えられることを信頼できれば、どんな事も、意義深い貴重な体験として受け入れる事ができるので、常に前向き積極的な<不屈の楽天主義・楽観論>で失敗・挫折・苦難を乗り越えられます!

●失敗は方針を転ぜよとの神の命令である。我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三

【天の父】なる【神の愛】は私たち各自を個別固有な目的のために生み育てて、【ミッション:使命・天職】に導くために時には、肉親や兄弟家族でも到底理解できないような現実的不可能な<道>を指し示すことがあることを、私たちは理解しておくべきだと思います。

どんな境遇にあろうとも、【神の愛=主イエス】は【ミッション:使命・天職】に導くためには、いざとなれば【愛の奇蹟】によって、精神的な自由と独立へ解放してくれることを、私たちは日常の生活の中で見聞きすると、とても感動して、希望を抱き、励まされ勇気づけられます。

それは単に他人事ではなく、【神の愛=主イエス】を信愛する私たちにも【ビッグ・チャンス】がある事の証明だからです!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、魂の父は、私たちの益の為に、その聖さにあずからさせるためにそうされるのである(ヘブル書12‐10)

たとえば、先日のテレビ番組で紹介されていたイギリスの発明家の話は感動的でした。
残念ながら、番組の途中から観たために詳細は不明なのでご容赦下さい。

トレバー・ハイリスさんは64年間ずっと個人的発明家として自宅倉庫で研究してきたようです。高齢にあっても彼の心は常に青春そのものです。

彼の研究は世間的には評価もされないものでしたが、ある日TV番組で南アフリカの貧困の悲惨さを目にします。
彼等が電気もなく情報からも隔絶されていることを気の毒に思ったそうです。

以前、曽野綾子さんは世界のたくさんの貧困国を訪問して発見した事を国会で発言していたことを私は思い出します。

曽野さんの実感によると、民主主義が根ざすには電気が不可欠であるということです。

電気がなければラジオもテレビも個人まで伝わりません。そのため酋長など一部の権力者だけが正しい多くの情報を握ってしまい、独裁的な封建的社会のままであるというのです。

ハイリスさんは「ぜんまい式」動力を駆使する事を研究すて得意としていたようですが、昔からの「手回し式蓄音機」を目の前にした時です。突然、【神の愛の霊感・直感】が与えられて、心にひらめくのです!

「そうだ!彼等の為に『ぜんまい式ラジオ』を造ってあげよう!」

●私は思いをこらしつつ愛の息吹に耳をすまし、そのささやきをまことと知り、それを書き写すのみ、我が内より創るものはない(神曲・煉獄篇第24歌52節)
●クリスチャンは思想の人ではない。さらばとて、また実行の人でない。クリスチャンは聖霊の人である。聖霊によりて神の知恵と大能とを実得するを得し人である(内村鑑三
●神は神の聖霊を役立てたいと思う人々にだけ、それを授け給うのであって、ただそれを所有して楽しむためには与えられない(ヒルティ)

長い間、彼は独りで黙々と創ることに喜びを感じながら研究し続けてきた成果を活かす貴重な目的を発見できた瞬間でした。

しかし、電気も電池も不要である「ぜんまい式ラジオ」という彼の着想は当初は大企業は全く相手にせず、わざわざ「バカな事は止めろ!」とう手紙を書いてくる人たちまでいたそうです。

長年の孤独な研究成果を活かせる忍耐強きトレバーさんでなくては、世界の大天才でも他の誰も思いつかなかった「ぜんまい式ラジオ」は、長い間【神の愛=主イエス】に訓練された、彼だからこそ見事に誕生できたのです!

●偉大な事を成し遂げるのはそれ以外に為すことのできない人のみである(ヒルティ)

彼の「ぜんまい式ラジオ」は南アフリカだけでなく、世界中の貧困国にも普及して爆発的ヒット商品となったそうです。

 「自分の喜びであるモノ創りで、人々も喜んでもらえる事ほど嬉しいことはありません!」

●完全なる職業とは他人を喜ばせて、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三
●他を進めて、また自身をも進めるの事業、神の事業とは実にかくのごときものなり(内村鑑三

彼は今では国会にも呼ばれ、勲章を受賞し、複数の大学で教鞭をとり、若い発明家の道標・先駆者として貴重な存在となっているのです。

 「64年間は長かったかれど甲斐がありました」

●大切なのは偉大な意欲をもち、それを貫くだけの技量と堅忍力とをもつことだ(ゲーテ

彼は「他の発明家には、私のような辛い思いをさせてはいけない!」と後に続く発明家のために「発明家アカデミー」の設立を目指しています。

彼の新たなアイデアもまた興味深いものです。

それは「靴底」を利用したバッテリー充電器です。靴自体を携帯電話やハンディ・カメラなどに使うバッテリーの充電器にして靴をはいて歩く事で充電できるようにする発想には感動します。

例えば、電気のない砂漠地帯や森林の奥地などを長期探検する時などにはライフラインとしての便利な電源確保になり、きっとヒットするはずです。

全ては64年間という長き間を【主の訓練】として耐え忍んだおかげだと私は信じます。ハレルヤ!栄光を主に帰します!

●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った日のことである(ヒルティ)

トレバー・ハイリスさんのように、自分の好きな事をやり続けることも、とても忍耐を要しますが、苦難の中で自らの道を発見することは、強い忍耐を要すると思います。

それは「みかんの花さく丘」や「かわいいかわいい魚屋さん」を作詞した加藤省吾さんの耐え忍んで、見事につかみとった【ミッション:使命・天職】への道も感動しました。

加藤さんは11歳に一家離散で、愛する母親とも離れ離れとなって天涯孤独の身となって、子守り奉公に出されます。
孤独な彼の心を癒してくれたのは、俳句や短歌から始まって、やがて自ら作詩をすることだったそうです。

彼にとって人生を決定付けたのは、17歳の時に大流行していた歌謡曲の『丘を超えて行こう』の歌詞との出会いでした。

加藤さんは明るく元気な島田さんの作詞に励まされた事がきっかけになって、自分も作詞家になることを決意したそうです。

 「僕も作詞家になって、こんな明るい詩を創ってみせるぞ!」

加藤さんは【ビジョン:理想・夢・志】を目指して、自分の作品を持って、多くの作詞家の門を叩いたそうです。その中にはあの島田さんもいました。

島田さんは加藤さんに初めて会って、情熱と才能を見抜いたのでしょう、彼に「歌謡曲も良いが、童謡歌詞を作ってみたらどうか」と助言します。

島田さんの助言を活かして、彼は童謡「かわいいかわいい魚屋さん」を第1作として産み出したそうです。

彼が家族と一緒だった頃の、懐かしい魚屋さんとの想い出を詩に表現したのです。彼の童謡は21世紀の今でも歌われ続けています。

彼は生活のために音楽雑誌の取材記者をしながらも、作詞家になる夢を決してあきらめずに、さらなる飛躍のチャンスを待ち続けていました。

そんな彼に奇跡的な【ビッグ・チャンス】がやって来ます。当時の童謡の人気少女歌手だった川田さんを取材している時のことでした。

その時、作曲家の海沼さんから突然新作の作詞を頼まれる事になるのです。
「丘の上で海を眺めるシーン」さえあれば善いと言う簡単な条件でした。

加藤さんが思い浮かべたイメージは愛する母親と一緒だった頃の懐かしい故郷のみかん山の光景でした。

歌詞を二番まで作って海沼さんに持ち込むと、海沼さんに三番も作るように頼まれます。そこで母親との想い出を込めた見事な三番がこの世に出現できたのです。

ご存知のように「みかんの花咲く丘」は爆発的ヒットとなって、その後の加藤さんは少年少女向けのテレビ・ドラマのテーマ・ソングなど作詞して活躍します。いつも子供たちに勇気と希望を与え、励まし慰めるために描き続けました。

加藤さんにとって、幼少時に<辛い体験>をしたことは【主の訓練】だったと私は信じます。加藤さんは【愛】の重要さを自覚して、子供二人の家族をとても大切にして生活したそうです。1990年に享年85歳で眠るように天に旅立ちます。

ここで紹介した二人とも、常に【神の愛=主イエス】の【訓練】に生かされ導かれたからこそ、常に【ビジョン:理想・夢・志】を信じ望み愛する【神の愛=隣人愛】に満ちた理想的な生き方ができたのだと思います。

●我々は何をなすべきか、またそれをいかになすかについて、決して無頓着であってはならない。いやむしろ、我々はすべての勤勉と才能を真剣に活用しなくてはならない。ただし、野心や所有欲からではなくて義務感と神への愛から、それをしなければならない。そして、事の成否は、神に委ねればならない(ヒルティ)

私たちも【神の愛=主イエス】に信愛して、<最愛の我が子・分身>であり、本領である、【ビジョン:理想・夢・志】を大切に守り育てて、実現を確信しましょう!

●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ
キリスト教は理想ではない、事実である。理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三

皆さんが【神の愛=主イエス】の【訓練:オーディション&リハーサル】によって、邪道から遠ざけられ、本当の自分らしい生き方に導かれて、日々鍛えられて、【ビジョン:理想・夢・志】を最後まで愛し信じ望みつつ前進されることを心より応援しています!

●全ての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられ者に、平安な義を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●信仰を強めるために重要な最後の点は、信仰の試練が来た時、神に働いていただき、自分の力で自分を救い出そうとしないことである(ジョージ・ミュラー
●信者が信仰を強められたいと願うなら、神に時を与えなければならない。神が信仰を試みられるのは、ご自身の子供にとってちょうど良い時に助け、救い出すことをどんなに喜んでおられるかということを実証するためなのである(ジョージ・ミュラー