【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【愛】は正義の温暖なるもの!

◇◇【愛】は正義の温暖なるもの!◇◇
【2002年6月5日に作成した<第252号>に加筆】
中国領事館事件、W杯チケット問題などについて思う事

●正義の温暖なるもの、これを愛という(内村鑑三

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

世間では【愛】と<正義>とは<慈母>と<厳父>の如く、時には対極にあります。
しかし、【主イエス】は【神の愛=隣人愛】こそが<正義>そのものであることを自らの生涯と教えによって示してくれました!

●愛は隣人を害する事はない。愛は律法を全(マットウ)する(ロマ書13‐10)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする(ヒルティ)
●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうち最も大いなるものは、愛である(コリント前書13‐13)
●愛はいつまでも絶える事がない。しかし、預言はすたれ、異言は止み、知識はすたれるであろう(コリント前書13‐8)

<正義>は<戒律(律法)>を重んじます。この原理原則に固執することが【神の愛=隣人愛】を見失う危険にあるとして戒めています。

例えば、【主イエス】の生きた時代のユダヤ教徒において<正義>とは【神の義】なる【十戒】でした。

安息日」に何も仕事をしないこともまた神への忠誠の印として守るべき原理原則でありました。

しかし、【主イエス】は「安息日」に弟子たちと共に【神の愛=隣人愛】による様々な活動をしてみせます。
それは、【神の愛=隣人愛】の実践が【神の義:十戒】を優先し完うするものとして【最も重要な掟】であると具体的な実践で示してくれたのです。

安息日は人のためにあるので、人が安息日のためにあるのではない(マルコ伝2‐24)
●イエスは言われた、『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、主なるあなたの神を愛せよ』これが一番大切な、第一の戒めである。第二もこれと同様である。『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』これらの二つの戒めに、律法全体と預言者とが、かかっているこの二つの戒めに優る掟はない(マタイ伝22‐37~40、マルコ伝29‐31、ルカ伝26~28)
●私は新しい戒めをあなた方に与える。互いに愛し合いなさい。
 私があなた方を愛したようにあなた方もお互いに愛し合いなさい(ヨハネ伝13‐34)

私たちが最近目にする社会的不祥事やトラブルの多くの背景には原理原則を守ろうとするあまり、本来の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】があれば優先できる【神の愛=隣人愛】の実践が困難にあるからだと感じます。

中国領事館の正門前で泣き叫ぶ女性と子供への配慮に欠けることも、サッカー会場前でチケットを求める観衆の為に、当日券を発行して空席を有効活用できないことも、【神の愛=隣人愛】よりも先ずは【正義:原理原則】を最優先しようとする気持ちからだといえます。

それは、1匹の犠牲があっても99匹を守る羊飼いの発想でもあります。

少数を救うために原理原則に反する例外処理を行なうことで、多数の犠牲があってはならないという正義感であり、それは「弱者切り捨て・弱肉強食」につながる危険な発想といえます。

【救世主・善き羊飼い】である【主イエス】は例外・少数派のためにこそ、権威・権力者も一般市民も尽力するべき事を教え示しています。

●あなた方に内に、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないだろうか(ルカ伝15‐4)
●これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい(マタイ伝18‐10)
●これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなた方の天の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)

アメリカでは「W.W.J.D.」という標語が流行していると聞きます。
【主イエス】の【神の愛=隣人愛】ならばどうするかを、自分の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に問い質すための<善き指針>となるからでしょう。

●What Would Jesus Do? (主イエスならばどうするだろうか?)
●道徳は人の道であり、良心は神の生命である(内村鑑三
●何をするにも、人に対してではなく主に対してするように心から働きなさい(コロサイ書3‐25)
キリスト教は完全なる道徳と同時にこれに達するの途を示しこれを行うの力を供するものである(内村鑑三

最近上映されたアメリカの戦争映画である『エネミー・ライン』は敵地に取り残された、たった一人を救出するために、危険を冒すというストーリーです。

この映画は単なる戦争娯楽映画と見る事も可能ですが、見方によっては、【キリスト精神】が見事に示された興味深い話です。

話の舞台はユーゴ紛争地域で、時は休戦協定の最中でNATO軍と共に米軍空母もまた臨戦体制で監視しているという緊迫した状況です。

海軍エリートの指揮官の下には、優秀な一人の海軍パイロットがいますが、彼は戦闘経験のない日常訓練に飽き飽きしていて規則違反の常習者でした。

そんな<放蕩息子>である彼に、クリスマスの日に罰のようにして与えた偵察任務がきっかけで彼は敵地に取り残され、敵につかまれば銃殺される窮地に追い込まれます。

一方、米軍上層部としては、たった一人の兵士の為ににせっかくの和平が崩れてしまうことを懸念して結論として見殺しにすることを決定します。まさに99匹を守るために1匹を犠牲にするという結論です。

しかし、指揮官はその<放蕩息子・迷える子羊>を救出する決断をします。
彼は自分の誇りと【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を守り【正義:原理原則】よりも【神の愛=隣人愛】の道を選択したのです。

救出作戦は成功して、敵の不法な虐殺現場まで明かにする事ができますが、指揮官は任務違反として解任されるというストーリーです。

どこまでが実話であるかは不明ですが、【真理】を示していると思います。
1匹を救うことで99匹を犠牲にする事は決してありえないという事です。小さき一人を救う事が【主イエス】に従う<自由と平和の道>であるからです!

●幸いなことよ、弱っている者に心を配る人は。主は災いの日のその人を助け出される(詩篇41‐1)
●私が空腹の時食べさせ、渇いていた時に飲ませ、旅人であった時に宿を貸し、裸であった時に着せ、病気の時に見舞い、獄にいる時に尋ねた、私(主イエス)の兄弟であるこれらの最も小さい者の一人にしたことはすなわち、私にしたのである(マタイ伝25-35、40)

【神の愛=隣人愛】に従う事は、当初は敗北することもあり、必ずしも世間的に評価されないかもしれません。しかし、最後の最後には【神の愛=隣人愛】は必ず勝利します!ハレルヤ!

●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である(内村鑑三
●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三
●キリストの名のためにそしられるなら、あなた方は幸いである。その時には栄光の霊、神の霊があなた方に宿るからである(ペテロ第1書4‐14)

従って、私たちが規定事項に反して、時には社会的ルール・法律に反しても、<神の声>なる自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従って【神の愛=隣人愛】の実践をしましょう!
たとえ、無力で臆病な私でも、【神の愛=主イエス】への信愛があるならば、【神の愛=隣人愛】の実践できると確信しています!

●もし誰でも私(主イエス)を愛するならば、私の言葉を守るであろう (ヨハネ伝14‐23)
●神にすがるの信頼心ありて初めて真個の独立と威厳と自尊とはあるなり(内村鑑三
●神への愛だけが我々を徹底的にエゴイズムから解放することができ、またすべての本当の自己改善の始まりである(ヒルティ)
●いわゆる人間愛は、すべて神に対する強い愛という根底がなければ単なる幻想である(ヒルティ)

たとえ、卑怯者で愚か者で罪人の筆頭の私であっても、何度挫折しても、徐々に【神の愛=隣人愛】に近づく事は、【神の愛=主イエス】を信じ望み愛すならば、可能です!

●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである (ヨハネ伝3‐16)
●我々は神の命じ給う道を歩いていれば、日々その務めと力とが自ずから与えられる。特にそれを得ようと思いわずらうことはいらない。ただ、それを受け入れて実行すれば良い(ヒルティ)
●信仰は神へ向かってひたすら努力することではなく、神に己をゆだねることである(ヒルティ)

W杯空席問題でも、ロシアはチケット500枚を日本地元市民に寄付したと報道されています。徐々に【隣人愛】の実践が動き始めています。

●愛は神の霊としてこの世に満ち満ちている(ヒルティ)
●愛は他のいかなるものにもまして人を賢明にする(ヒルティ)

この世は捨てたものではありません。【神の愛=隣人愛】の欠如で【闇】が深くなれば、【神の愛=隣人愛】の【光】は際立って光輝き、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を導く<絶好のチャンス>だからです。

●我々は結局何を目指すべきか、世の中を知り、これを軽蔑しないことだ(ゲーテ
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●悪い事の中にも何ほどかの善がまじっている。人が注意深くそれを捜し出すならば(シェ-クスピア)
●私の敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なり(ミカ書7-8)
●主よ、あなたは私の灯りを輝かし、神よ、あなたは私の闇を照らしてくださる(イザヤ書42-16)

私たちまた、この世に【神の愛=隣人愛】で大いなる歓喜と勇気を与えるために、【ビジョン;理想・夢・志】が放つ【光:隣人愛】を大切に守り育ててチャレンジしましょう!

●暗いと不平を言うよりも進んで灯(アカ)りをつけましょう(カトリック・アワー)
●人は表面のことを見るが、神は心中を見られる。人は行いを考察するが、神は意図をおもんばかられる(内村鑑三
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く(ルカ伝1-79)

皆さんの勇敢なる決断と実行により、【ビジョン:理想・夢・志】を守り育てて、温暖なる正義である【神の愛=隣人愛】のチャレンジを心より応援しています!

●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる(トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
 (トマス・ア・ケンピス)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。愛は常に向上を欲していかなる、いと低い事物によっても引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)

ハレルヤ!栄光を主に帰します!
主の恵みに感謝します!アーメン!

それでは明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)