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自由な【事実の子】たれよ!①

◇◇事実の子たれよ!理論の奴隷になるなかれ!(その1)◇◇
【2004年12月21日に作成した<第356回>に加筆】<改訂版・再掲載>

●事実の子たれよ!、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三
●人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う(内村鑑三

日本で年末恒例の「ベートーベン第九合唱つき」は発祥の地である欧米では「特別な祭典」の時にだけ演奏されるような「モニュメント」的存在であると聞きました。

今年チェコ・フィルが日本に来日して「第九」を演奏するように依頼されたので、名誉ある演奏ができることに楽団一同とても喜んだそうです。彼らが世界各国で演奏するときの大半は、同じチェコ出身のドボルザークの「新世界」が通例のリクエストであったからです。

私たちは知らず知らずに通例や先例や世間的常識など決められた「理論」にとらわれがちだと思います。「第九は貴重な楽曲」とあまりにも大切に思うことが、欧米人を「理論」の奴隷にしてしまった事例です。

ベートーベンが心から望んでいたことは、いつでもどこでも世界中で演奏され歌われることだと信じます。特別な祭典向けに創られたのでもなく、神棚に飾って崇拝するようにと願っての音楽ではないからです。

以前にも紹介したように、ベートーベンは23歳の時に「喜びの歌」の原典であるシラーの詩に出会います。

彼は「喜びの歌」に沿った音楽を創る事を決意しますが、30年後になってようやく「第九」は完成したのです。

30年の間、彼は【自由・平等・寛容・博愛精神】を【人間の理想】と目指して、ナポレオンに期待しますが自ら皇帝となったことに激怒して失望し、次にはナポレオンの失脚後のウイーン会議で約束された決議に期待しますが、またも裏切られ絶望します。

そして、彼は国家権力からも監視される不自由な立場にまで追い込まれます。

さらに【試練:神の導き】は続き、肉体的にも難聴が進んで「音楽的生命」の危機にまで追いこまれます。

しかし、だからこそ、ベートーベンは自力にのみ頼ることなく、【人間の理想】に盲信することなく、ついには【神の愛:汝の不思議な力】を受け入れることができた!ことこそが【事実】だと、私は理解しています。

●汝の不思議な力は 時流が 厳しく引き離したものを再び結び合わせる
 すべての人々は兄弟となる 汝のやわらかな翼がとどまるところにて

 ひとりの友を真の友とするという 大きな難事を成し遂げたもの
 また優しき妻を得ることができた者 そのような人々は歓声をあげよ!
 
 そうだ この地上で 一つの魂でも自分のものと呼び得る者も!
 しかしこれをできなかった者は 涙を流しながらこの集いから立ち去れ
         (「歓喜の歌」<フリードリッヒ・シラー/平野 昭 訳  構成 小川伊作>より)
●理想の実現は(不可能と見えるのは)人間の力や制度によるのではない!
 「万軍の主の熱心これ成し給うべし(イザヤ書9-7)」(内村鑑三
●神には何もできないことはありません(ルカ伝1-37)

日本だけが「理論」の奴隷にならずに、「事実の子:自由人」として【ベートーベンの魂:第九】を解放させた!
年末の多忙な時期に「行く年・来る年」を祝い、知らず知らずのうちに、【主イエス=神の愛】を讃美している!
素晴らしき挑戦ではありませんか!ベートーベンも喜んでいると確信します!ハレルヤ!主に栄光を帰します!

●これらの人はみな、信仰を抱いて死んだ。まだ約束のものを受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを自ら言い表した(ヘブル書11‐13)
●われわれの時代は、力強い精神の持主たちを必要としている。
 力強い精神の持主は、こざかしく、狡猾(こうかつ)で卑劣(ひれつ)なこうした悪党どもを、人間の魂によって弾劾(だんがい)するのだ(ベートーヴェン


★★【その2】につづく★★