【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【仲保者】イエスに学ぶ①

◇◇【仲保者】イエスに学ぶ(その1)◇◇【2001年10月29日に作成した<第191回>に加筆】<改訂版・再掲載>2001年10月24日深夜NHK教育:ETVスペシャル「名物先生・安田泰敏」10月27日NHK「東京イマジン」&朝日新聞夕刊11面「難民と重ねる自らの過去~フジ子・へミング」を観て

●おのおの自分のことばかりでなく他人のことを考えなさい(ピリピ書2‐4)
●伝道の道は伝うことにあらず、自己を虚しゅうして他(ヒト)を充たすことなり(内村鑑三

【主イエス】は【救世主:キリスト】として有名ですが、それは要するに人間と神との断絶関係と長い間の神に対する無知・誤解や横暴・忘恩・悪徳非業の一切を解消させる和解を実現してくれた【仲保者】であったといえます。

【仲保者】は誤解や執着や過去の不完全から【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を解放させる【愛と自由の戦士】です!

【天の父】の【最愛なる独り子】を、私たちのような無法者で薄情で恩知らずになった人類のために、【贖罪のいけにえ】として投じてくれた<アメージング・グレイス>を示された事で、誰もが再び【天国】に入る【福音:チャンス】となりました!

●神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである(ヨハネ伝3-16)
●一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか(ヨハネ伝11-50)

私たちは【仲保者イエス】の【十字架】の仲裁のおかげで、<永遠の生命>に結ばれ【天国】に入ることも約束されて、現世においても、既に<天国の住人>のように【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】と【ビジョン:理想・夢・志】を目指す【精神的自由】となり、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は<罪の奴隷・戒律の呪縛>から解放されたのです!

●自由を得させるためにキリストは私たちを解放して下さったのである(ガラテヤ書5-1)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●神(愛)に仕えることを自由という(ヒルティ)

私たち各自にも、不完全な関係を和解させ自由解放させる【仲保者】としての【ミッション:使命・天職】が託されていると私は信じます!

米国テロ災害をきっかけに、今まであまり注目されてこなかった中東問題の研究者や学者がTVにたくさん登場しました。特に、放送大学の高橋教授などは終日各局に登場したので、皆さんもよくご存知だと思います。

テロ災害以前より、高橋教授の放送大学での講義は興味深く見ていましたが、高橋教授のようにイスラム文化に詳しい学者や研究者の視点には特徴があります。それはマイノリティに対する愛情の視点ともいえるでしょう。

例えば、EU統合を実現させた「舞台裏の立役者」として通訳者を取り上げて講義したのは、おそらく高橋教授だけではないでしょうか。

EU本部には4000名の通訳・翻訳スタッフがいて、国際会議において不可欠な存在であることを私たちは忘れがちです。

特に10~20数カ国が集まるEU国際会議において、同時通訳者の活躍があってこそ、相互理解が実現されたといっても過言ではないそうです。彼等は最低でも英語以外に3カ国は話せますが、語学だけでは不充分なために、文化・風土・価値観まで理解するために、その国での生活をも条件としています。

通訳者の一人は、不足しているのはポルトガル語フィンランド語に通訳する人材だと話していました。通訳者にとっての誇りと喜びとは、通訳する双方が相互理解してもらう事であると語ってくれました。

お互いの顔の表情や身体の動きまでよく観察しながら、心情まで大切に理解してなるべく誤解のないように心を配ることは、まさに【仲保者】そのものです。

高橋教授自身もまたイスラムという少数派の立場を理解させる【仲保者】であると言えます。

先日のTVで囲碁棋士の安田九段の【仲保者】としての活躍が紹介されていました。

安田さんは少年時代は将来は野球選手を夢見てスポーツに励んでいました。しかし3年生の時、足の筋を痛めてしまい本格的なスポーツは断念せざるを得なくなります。

彼はその後二年間も閉じこもりの内気な小学生時代を送ることになったそうです。

夢破れ挫折して落ち込んでいた彼を救ってくれたのは、おじいさんが教えてくれた囲碁だったそうです。囲碁盤を囲めば誰とでも自然と向き合える実感を得られたからです。

彼は14歳の時に福岡から上京して16歳で見事にプロ棋士になるほどの実力者となったのです。

安田さんは番組で自らの少年時代を振返って、少年少女たちを前にして、語ってくれました。

 「今は足のケガに感謝しています!」

まさに、安田さんにとっての足のケガは、本当の【ミッション:使命・天職】に導く【試練:神のはからい】ですね!

安田さんは現在はわずか72名しかいない9段でありプロ棋士としての成功者です。本来ならば週に一度の対戦に出席すれば、安泰の生活が保証されているのに、現在の彼は月の半分は全国を忙しく飛び回る生活だそうです。

それには理由があります。彼が成功した6~7年前の頃に新聞記事に毎日のように子供の「いじめ・自殺問題」が扱われていたことを目にしたことがそもそもの発端でした。

そこに描かれている少年少女は、人とうまく話せない、昔の自分と似ていると感じたそうです。

 「私の囲碁と出会った経験によって、一人でも命を救えないだろうか」

安田さんは囲碁の楽しさを保育園や小学校の少年少女に【福音伝道】して行こう!と決意したそうです。

難しいという囲碁への先入観を解消させ、囲碁を活用して、苦手な対人関係から【精神的自由】に導こうとする、とても困難な【仲保者】を目指す【ミッション:使命・天職】を発見した瞬間です。

安田さんが、いかなる<困難>にも、自発的に喜んで挑む勇姿は、【神の愛=隣人愛】があるゆえの証明です!

●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。愛は常に向上を欲していかなる、いと低い事物によっても引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる(トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる(トマス・ア・ケンピス)

安田さんの素晴らしいのは、感じたことを大切にして、すぐに決断して実行に移した事です。

先ずは電話帳で片っ端に幼稚園に電話したそうです。しかし、初めはどこの園長も相手にしてくれません。囲碁は大人向きの難解な趣味の程度にしか理解されていないからです。

 「自分たち先生(大人)でさえできない囲碁なのに、子供にできるわけ無いでしょう?」

知り合いの紹介で訪問した先でも、初めは先生に全く相手にされず苦労したそうです。
先生だって一生懸命に子供の世話や指導をしているだから、何も囲碁棋士の安田さんの助けなど必要すら感じなかったのでしょう。

ようやく教室で教えるチャンスをもらっても、子供たちに囲碁を教えることが初めてだったので、子供たちは3分もすると飽きてしまい、5分後には誰もいなくなる有様だったそうです。

「最初の半年で関わった500名の子供たちは囲碁嫌いになって、二度とやりたくないと思ったかもしれませんね。しかし、彼等がいてくれたおかげで今があるのです。」

マイナスをプラスにする前向きで楽天的な安田さんは笑いながら話してくれました。
私たちも、多少の失敗や困難にめげずにチャレンジしようと勇気と希望と励ましを与えられるエピソードです。

●どんな良いことも、最初に一番よい顔を見せはしない(ヒルティ)
★【アルゼンチンのことわざ】
●何かができる環境にある人よりも、やる気がある人のほうが、事を成就する
●意志は力なり
●やる気があればチャンスは見つかる

安田さんは現在では全国の幼稚園や小学生相手に囲碁教室を実践していますが、その基本はまさに大リーグのコーチの基本方針でもある【Don't over teach:教え過ぎない】だそうです。

自分の碁石で相手の碁石を囲めば勝つという基本ルールだけを教えて、チーム二組に分けて子供たち一人一人が一手ずつ<リレー形式>で行わせることだけです。

 ◆おもいきりほめること
 ◆碁石を手渡すこと

以上の2点だけを心がけて、「子供にまかせ、とにかく待つ」という態度が基本だそうです。

どうしていいかわからなくても、本人がわかるまで放っておき、周りが騒ぎだそうともじっと待ちつづけると、やがて周囲から「ガンバレー!」という励ましの声が上がるそうです。すると、わからない本人も、懸命に集中して、とても善い表情をみせながら、必ず気づくらしいのです。

ところが、普通の先生だと、こうはいかないようです。

1分たつと、「好きなように(碁石を)置いてもいいんだよ」
2分たつと、「どこに置いてもいいんだよ」
3分たつと、「早くしなさい!」

大人が注意したり指導しなくても、子供たちは、真剣に自分自身で結論を見出す事もできるし、自然に、お互いを尊重して励ますことができる事を私は改めて教えられました。

子供たちこそが、実は自由と平和を素直に無邪気に愛し喜べる心の持ち主であることを忘れてはいけないのです。

●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、幼な子らしい事を捨て去った(コリント前書13-11)
●よく聞きなさい。心を入れ換えて幼な子のようにならなければ、天国に入ることはできないであろう(マタイ伝18‐3、マルコ伝9‐36~37、ルカ伝9‐47~48)

安田さんはプロ棋士の成功者の人生を放棄して、自分の家族を犠牲にしても救いたいと願った子供たちの命を未然に救う事ができたにちがいありません。

安田さんが関わった多くの子供たちの中に、知的受難の子供もいれば、自己中心的な子供もいます。彼等は囲碁との出会いのおかげで、人とうまく交流できたり、自信を取り戻したり、思いやりの心を持てるようになったことが、安田さんにはとても感動する事だそうです。

 「感動があるうちは、この活動は止められません」

安田さんは今日も【伝道活動】しています。彼でなければできない、彼だからこそできる!囲碁への偏見を解いて囲碁を通じて和解に導く【仲保者】として、人々の心を自由解放させる【愛と自由の戦士】として活躍することは、自らも困難に立ち向かうことであり、自他共に精神的に成長し続けながら、皆に勇気と希望を与えてくれる壮大で素晴らしいチャレンジです!

●世界の大偉業の大半は、「もはやこれで絶望か」と思われた時にも、
 なお仕事をやり続けた人々の手によって成し遂げられた(思想家カーネギー
●日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。日本に欠けているのは「生きた確信」である。真理そのものを愛する「情熱」である。この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である(内村鑑三) 
●この山を登ろうとする者
 その麓にて大きな困難に出会うであろう。
 されど、登るに従って困難は減じ
 おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
 やがて登ること、きわめてやすく
 小舟で急流を下るがごとくなるであろう(「神曲」煉獄篇・第四歌)

★★【その2】につづく★★