【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【苦難】の中で出会う【神の愛】②

◇◇【苦難】の中で【神の愛=主イエス】に出会おう!(その2)◇◇<改訂版・再掲載> 【2005年7月2日に作成した<第379回>に加筆】

★★【その1】のつづき★★

預言者ヨナは、せっかく【神の愛】に選ばれても、自分には不可能であると、為すべき【ミッション:使命・天職】から逃れようとします。
そして、人生最大の【苦難】に出会います。自分のせいで無関係の人々が危険にさらされていると理解して、自分さえ居なければと思い込み、自殺的行為の自己犠牲を決断・決行します。海に飛び込みクジラに食べられますが、彼は三日後に無事生還して、ついに【神の愛】に従って【ミッション:使命・天職】実現を目指す勇敢なる【預言者】として生まれ変わるのです。

●ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて、言った。苦難の中で、わたしが叫ぶと、主は答えてくださった。陰府の底から、助けを求めると、わたしの声を聞いてくださった(ヨナ書 2-2~3)

「自殺」から生還した人は彼らに託された【ミッション:使命・天職】がある証明です。

それでは「自殺」を実現した人はどうなったか?

不慮の事故死、不条理な犯罪に巻き込まれた他殺、虐待死、病死、死刑などと同様に、あらゆる「死:肉体の滅び」は何一つ「無駄な死」などありえないと私は確信します。「無駄な死」など【神の愛=主イエス】が決して許さないからです。

不条理な死や「自殺」だけに注目するのではなく、対極にある、名誉ある「殉死」と同等に並べて「彼らは何故死んだのか?」と考えてみたらどうでしょうか?

先ず「死」をもってしか示せない【神の愛:御旨・御心・神の意思と計画】があることを私たちは知るべきなのではないでしょうか。

●誠に実に汝等に告げん、一粒の麦も地に落ちて死なずば、ただ一つにて残らん。もし死なば多くの実を結ぶべし(ヨハネ伝12-24)
●人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない(ヨハネ伝15-13)

不条理な死も、死刑も「自殺」も、現代ほど多く感じるのは、生かされている私たちに向けた【神の愛のメッセージ】であるはずです。
【神の愛】が存在せず、【不正・不義】が勝利しているのでありません。本当の【神の愛=正義・真理】を求めて、【救世主イエス】を見出せるように、【神の愛】以外が無能・無力であることを示すための【史上最大の試練:霊的戦い】であると私は信じています!

●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三
●最も偉大なる事は人に勝つことにあらず、人に負ける事なり(内村鑑三)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである(ヒルティ)
●いたずらにあなたを苦しめるために 苦難を与えられたのではない。 信じなさい、まことの生命は 悲しみの日に植えられていることを(ヒルティ)
●神(愛)を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん (内村鑑三)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である(内村鑑三

私たちが参加して成立している日本社会において【神の愛】は未だに民族の【精神的支柱】にありません。従って、どんな「死」であっても【神の愛=主イエス】を受け入れるまでは「殉教・殉死」であるといえるでしょう。

【神の愛】から見るならば、靖国神社に祀られた「戦没者」だけが民族救済・平和のための【尊き死】なのではなく、今日現在にあっても、毎日のように起こり続けている個人的【苦難】による「死」もまた、民族救済のための【尊き死・殉死】にさせなくてはならないと信じます!

【神の愛】との関係が完全に復興していない我ら日本民族において、いかなる「死に方」であろうとも、逝った人々を思い嘆き悲しむことはありません。彼らは【苦難死】の中で間違いなく【神の愛】と出会い、【来世】において【主の日】の準備のために、【この世】の私たち全員を救済するための、新たな霊的【ミッション:使命・天職】で、世界を舞台に大活躍していると確信しましょう!

【379】★霊の戦い(士師記4-14)

見よや、十字架の 旗高し、 君なるイエスは 先たてり
進め、兵(つわもの)、進み行き、雄々しく 仇(あだ)に立ち向かえ
勇め、兵(つわもの)、いざ勇め、十字架の御旗 先だてり

エスの御旗を かかげなば、仇はおののき、逃げ隠れ
たたえの声の 勢いに、陰府(よみ)のいしずえ ゆり動かん
勇め、兵(つわもの)、いざ勇め、十字架の御旗 先だてり

エスの兵、いにしえの、み民にならい、いとたけき
戦(いくさ)を挑み もろともに 主のみことのり 守るべし
勇め、兵(つわもの)、いざ勇め、十字架の御旗 先だてり

来たれや、来たれ かちうたを あまねく四方(よも)に ひびかせよ
世びと、みつかい もろともに イエスの御栄え ほめたたえん
勇め、兵(つわもの)、いざ勇め、十字架の御旗 先だてり

【380】★霊の戦い(エペソ書6-11)

たてよ、いざ起て 主の兵(つわもの)、見ずや、御旗の ひるがえるを
全ての仇(あだ)を 滅ぼすまで 君は先立ち 行かせて給わん

たてよ、聞かずや 主の角笛 いざ戦いの 門出急がん
君が隊(て)につく この身なれば 雲なす仇も 何か恐れん

たてよ、我が主の 力により 神のよろいを 堅くまとい
御霊(みたま)のつるぎ うちかざして おのが持ち場に 勇み進め

たてよ、戦(いくさ)は やがておわり 永久(とわ)のかちうた 高くうたい
尽きぬ生命(いのち)の 冠(かむ)りを受け 栄えの君と ともに治めん

今日現在の様々な【苦難】にあっても、【この世】に生き残されている私たちは、【この世】で進んで為すべき【ミッション:使命・天職】が用意されていることを信じましょう!そのためには【この世の君・悪魔】がもたらす【苦難】に打ち勝つ【神の愛の武具】が不可欠です!

●悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。私たちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい(エペソ書6-11~15)

私たちにとって【苦難】に打ち勝つ最善最強の【神の愛の武具】は私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】であると私は確信します!
【ビジョン:理想・夢・志】は【心の板】に刻まれた【主の御言葉・キリストの手紙】であることを信じて感謝して大切に守り育てましょう!

●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ(箴言29-18)
●キリストの言葉を、あなた方のうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって感謝して心から神をほめたたえなさい(コロサイ書3-16)
●あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から光の源である天の父から来る(ヤコブ書1‐17)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●御言葉を行う者となりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけで終わってはならない
 (ヤコブ書1‐22)
●【キリストの手紙(コリント後書3-3)】
 ▲口語訳
 あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれたものである事をはっきり現している。
 ▲文語訳
 汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり
【心の板】
●見よ、その日が来る。その日私はイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる。
 私は私の律法を彼等のうちに置き、その心にしるす。
 私は彼等の神となり、彼等は私の民となる(エレミヤ書31‐31~33)
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いのうちに書きつけよう(ヘブル書10‐16)
●私は彼らに一つの心を与える。すなわち、私はあなた方のうちに新しい霊を与える。
 私は彼らの身体から石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える(エゼキエル書11‐19)

【神の愛】以外は堕落・崩壊して日本民族・国土における【史上最大の試練】となっている今日現在の【大苦難】に耐え忍びながら、世間で起きている不条理の出来事にも確かに【神の愛:御心・御旨・神の意思と計画】の存在を発見して、皆さんが【霊的戦い】に
活躍されることを心より応援しています!

●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●目を覚ましていなさい.信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行ないなさい(コリント前書16‐13~14)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●人はパンのみに生きるにあらず、神の口より出づるすべての言葉による(申命記8-3、マタイ伝4-4、ルカ伝4-4)
●人を生かす者は霊であって、肉は何の役にも立たない。私があなた方に話した言葉は霊であり、また命である(ヨハネ伝6-63)
●ひとが本当に神を信じ、それが単に口先だけのことでないなら、唯物論的世界秩序においては、ただ不可能としか思えない多くの事が当然のことになってくる(ヒルティ)
●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)