【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】⇔Don'tOverteach!

◇◇ 【神の愛】のはからい~Don’t Overteach◇◇<改訂版・再掲載>
【2001年7月7日に作成した<第158回>に加筆】
★★2001年7月6日NHK放送・横浜ベイスター前監督/権藤氏の発言を聞いて★★

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

プロ野球ファンならばご存知でしょうが、38年ぶりに元大洋ホエールズである横浜ベイスターズセリーグ優勝並びに日本一に導いた監督である権藤氏が、久しぶりに昼のテレビ・トーク番組に出演して、とても興味深い話をされました。

近年のプロ野球界が勝つためには手段を選ばないような管理野球であるのに対して、権藤さんの指導方針は一見すると自由放任主義にようにみられがちでした。

しかし、彼がそのような方針を採ったのには実はアメリカでのコーチ研修体験による裏付けがあったのです。

日本の野球と米国のベースボールはよく比較されます。日本は勝ち残る事を目指す「ワーカー(労働)」的であるのにアメリカでは試合を心から楽しむことが目的の「プレイヤ-(遊び)」である違いです。

その違いがどこから来るのかは、選手を育てる仕組みが日米で大きく異なる点である事を権藤さんは実感したのです。

先ずアメリカでは野球指導においては「Don’t Overteach:教え過ぎない」というのが鉄則だそうです。権藤さんには米国で研修していた時に苦い経験があります。

ある選手がコーチに命じられます。右方向に思い通りに打てるようになるまで打ち続け、そして、打てるようになったら、コーチのところに報告に来なさいと指導されたそうです。

権藤さんが見ていると、その選手はいつになってもなかなか右方向に打てません。そこで、権藤さんがバッティングへのちょっとしたアドバイスをしてあげたそうです。すると、その選手は見違えるように右方向に打てるようになったのです。
選手は喜んでコーチの所へ報告に行きました。

コーチは選手が権藤さんからの指導を受けて打てるようになったという事を知りました。
すると、そのコーチは静かに穏やかな口調で、権藤さんに指導方針について説明してくれたそうです。

 「私があえて時間をかけて選手自らで習得するように指導しているのには理由があるのです。
  簡単に教えられて学んだことは、直ぐに忘れてしまうからなのです。」

権藤さんは、この時から指導方針を各自の自助努力に任せる事にしたそうです。そのことは、自由放任主義とは異なり、各自の可能性を最善に発揮させるためには、どのように指導すべきかを常に考えている結果なのです。

米国では先ず、野球を心から楽しいものであることを理解させることからはじめるそうです。
そして、権藤さんが驚いた事は、日本と違ってプロ野球を目指して入団してくる新人の中には、グローブも握った事もなく、野球のルールさえ詳しく知らない人間まで受け入れている事です。

 「どうして、あんな下手な選手に練習させ指導しているのですか?」と思わず尋ねると

コーチは次のように答えたそうです。

 「彼等はまだ1年目なのですよ。2年目になっても、今のままだったらあきらめます。」

権藤さんはこの点においても感動したそうです。単なる野球エリートだけを入団させて指導してきた日本のやり方では、本当の素質あるスーパースターは発掘されないかもしれません。

コーチの役割は、1人でも多くの選手に野球を好きにさせ、そして、必ず全員にチャンスだけは、公平に与えることであり、その指導体制が確立しているからこそ、野球が単なる仕事や金を稼ぐ手段ではなく、大いにチャレンジして楽しむことが目的となっているのです。

大リーグでは独り独りが個性あるスーパー・スターですが、彼等の多くはこのような指導の中から可能性を見出され育てられ自ら学んできた選手なのです。

このようなコーチや監督になるためには、彼等もまた指導者として積むべき経験が必要とされます。長嶋や王選手のように、選手時代にスーパースターだったから、直ぐに監督になることは大リーグではあり得ないそうです。

一流の指導者になるには日本で言う二軍以下のクラスである1A、2A、3Aクラスでのコーチ、監督を10年くらい経験して自分自身で一流選手を大リーグへ送り込んだ実績くらいなくては、とても大-リーグの善き指導者にはなれないそうです。

監督、コーチ自身が選手の苦労や辛さを理解していなければ<正しい指導>もできないからです。まさにこのことは、【キリスト精神】である<心を一つ思いを一つ>にした【チーム・スピリット&チーム・ワーク】に通じることだと理解できます。

●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない(【愛の十戒】:ロマ書12-15~16)

このことは、【神のはからい・神の導き】にも通じると思います。私たち各自の【タレント:個性・才能・可能性】を最もを正しく理解しているのは、私たちを創造された【神の愛=主イエス】であることを認めるならば、【神の愛=主イエス】こそが最善のコーチです。

人間において有能な指導者が「Don't Overteach!」ならば、【神の愛=主イエス】もまた私たちのために必要以上の手助けはせず、【自助努力】を重んじるはずです。それが、まさに人間にとって苦難や苦悩に感じる厳しい【試練】であると思います。

●あなた方は耐え忍ぶことによって、自分の魂を勝ち取りなさい(ルカ伝21-19)
●主ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練の中にある者たちを助けることができるのである(ヘブル書2-18)
●患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。患難は手段にして恩恵は目的なり(内村鑑三

人生自体も一つの競技だと【聖書】は教えてくれます。幸福な人生を送るためにはルールもあれば栄冠もあります。

●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠を得られない(テモテ後書2-5)

人生において自己の【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できる【ミッション:使命・天職】という競技を目指す時に、【聖書:イエスの生涯と教え】は最強・最善のルールであり、手本であり、それ自体が【栄冠:栄光への道】だと実感します。

●神の言はその性質と経歴とにおいて正義をこの世に行うための神の使者なり(内村鑑三
●聖書はすべて神の霊感(息吹き)を受けて書かれた物であって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である(テモテ後書3‐16)

たった一度の貴重な人生を大いに楽しませようとして、各自の【タレント:個性・才能・可能性】と【ビジョン:理想・夢・志】に応じた<最善の道>を【神の愛=主イエス】は前もって用意してくれていることを、私は確信でき、感謝しています!

●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる(詩篇37-23)
●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか(箴言20‐24)

【神の愛=主イエス】は、何よりも先ず個人の<自由意志>を尊重されるので、独裁的に強制的に無理やりにではなく、私たち自らが喜んで【神の愛=主イエス】を受け入れる個人的な決断を、人生の最後の最後まで、待ち続けてくれます。

●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7

もし、本当の自分らしい<自己実現>を望むならば、【神の愛=主イエス】は私たちを正しい方向に導いていてくれます。
どんなに寄り道しようが、遠回りしても、覚えが悪く、背信と失敗だらけの<泥だらけの人生>であっても、自分の本当の生き方を目指すなら、【神の愛=主イエス】は何度でも【ビッグ・チャンス】を提供してくれる<【神の愛】のはからい>には感謝・感激です!

●人の道は主の目の前にあり、主は、その道筋のすべてに心を配って、その行いを見守られる(箴言5-21)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●失敗は方針を転ぜよとの神の命である。我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三

さあ!いつでも見守っていてくれる「Don’t Overteach」の<【神の愛】のはからい>に心を向けて、万策尽きて途方に暮れても、世間的に孤立無援になっても、たとえ連戦連敗しようとも、万全の【神の愛=主イエス】が支えてくれる<安全ネット>に信頼して、心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】に、【神の愛=主イエス】が託した【ミッション:使命・天職】を発見して、【心の自由】を大切にして何度でもチャレンジしましょう!

●ただただ、神へ『心を向けよ』昔の最大の預言者もこのようにただ心を向けることだけを求めた。
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●あなた方をキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふれる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなた方をいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう(ペテロ第1書5-10)

皆さんが【神の愛=主イエス】によるマン・ツー・マンのコーチ指導に鍛えられながら、【ビジョン:理想・夢・志】を<旗印>に高く掲げて、世界を舞台に前進し続けることを心より応援しています!

●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ(内村鑑三
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり 。主を知るは知恵のはじめである(ホセア書研究:内村鑑三
●我は起ちて我が父に往かん。我が父の愛は無限なり、彼は我れの滅びんことを欲(ねが)い給わず、彼は我につきて永久に絶望し給わず。ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、彼の無限の愛を信じはばからずして今日起ちて彼に往かん(内村鑑三、ルカ伝15-18)

ハレルヤ!栄光を主に帰します!
主の恵みに感謝します!アーメン!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)