【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【使命・天職】⇔【神の愛】の復興!

◇◇ 【ミッション:使命・天職】⇔【神の愛=隣人愛】の<復興> ◇◇<改訂版・再掲載>【2001年5月22日に作成した<第135回>に加筆】
深夜テレビ映画『ブルース・ブラザース2000』
NHKプロジェクトX『炎上・男たちは飛び込んだ』を観て

●いつまでも存続するものは信仰と希望と愛と、この三つである。このうち最も大いなる力は愛である(コリント前書13-13)


私たちが【ビジョン:理想・夢・志】に挑戦する勇気と希望を与えるものは何でしょうか。
【真理・真実】である【神の愛=隣人愛】の<復興>を見せられ感じた時だと思います。

愛の讃歌>である【御言葉】に示される【愛】は【イエスの生涯と教え】であることは理解できます。【キリスト精神】は【神の愛=隣人愛】の<具体的実践>であります。

●【愛=主イエス】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
 【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
 【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
 【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
    全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
 【愛】はいつまでも絶えることがない(コリント前書13-4~8)

ところで、私たちの多くは恐らく【主イエス】のように高潔で立派な聖人ではありません。
そこで私のような弱小な人間であっても【神の愛=隣人愛】の<復興>ならば貢献できて喜んで実践できる【ミッション:使命・天職】が与えられているのではないでしょうか。

●キリスト信者たる栄誉の一つは、よわき取るに足らざるこの身をもって、なおも大望を抱いて、その一部分を遂行しうるにあり(内村鑑三
キリスト教は完全なる道徳と同時にこれに達するの途を示しこれを行うの力を供するものである(内村鑑三

私自身が<聖人君子>でなくても、【隣人・社会】の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を励まし勇気づけて、【神の愛=隣人愛】を<復興>させ、引き出して、伸ばしてあげられる【神の愛=主イエス】と共に歩める<我が道>【ミッション:使命・天職】に感謝します!

●【愛】は、イエスに対する【貴い愛】は、人を促して大きな仕事をなしとげさせ人を励まして、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。【愛】は常に向上を欲して、いかなるいと低い事物によっても、引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●【われかキリストか】(内村鑑三
 われがなすのではない、キリストがわれにありてなし給うのである。ゆえにわが事業ではない、われは死んだ者である、キリストにありて生きかつ働き給うのである。これは信仰ではない、また理想でもない、事実である、何よりも確かなる事実である。

80年前半に創られた『ブルース・ブラザース』という映画をご存知でしょうか?昨日の深夜映画でその続編の『ブルース・ブラザース2000』が放映されていました。第1作、続編共に神より与えられる【ミッション・インポシブル(不可能な使命)】を受入れて挑戦する喜びと感動の人生を改めて実感しました。

私には単なるフィクションのコメディとして片付けられない【福音】そのものでした!とても意義深いストーリーだと思いますが、皆さんは如何でしょうか?まだご覧になっていない方は是非一度、先ずは<第1作>を観て頂ければ幸いです。

映画に示されていることは、自分の目指すべき【ミッション:使命・天職】を見出すには【試練】を要し、人によっては<不運>であり、病気であり、堕落であるかもしれないと言う事です。

そして自分<本来の生き方>である【ミッション:使命・天職】を発見する事は自力では困難であり、【神の愛=主イエス】による<導き>や<召命>が必要であるという事です。

●あなたが私(主なる神)を選んだのではない、私があなたを選んだのである(ヨハネ伝15-16)
●主は常にあなたを導き、焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)

その上、独りでできることには限界があります。どんな【ミッション:使命・天職】でもチャレンジには、【同労者・同志】や協力者、支援者、理解者が現れて【バンド】による【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で実現されることを私たちは体験します。

人々が<相愛互助・互助友愛>の<信頼関係>で結ばれ、<心を一つ思いを一つ>にして各自の【愛】を結集させることによって【ミッション:使命・天職】が実現できるように【神の愛=主イエス】が導かれているのだと私は体感しています。

●私たちは真理のための同労者となるように、人々を助けねばならない(ヨハネ第3書8)
●キリストの名によって、あなた方に勧める。みな語ることを一つにし、お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
●あなた方に幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください。(ピリピ書2-1~2)
●兄弟たちよ、互いに励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたと共にいて下さるであろう(コリント後書13‐11)
神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
 ⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)

大半の場合は、自分の意に反して、いつのまにか、<つかまってしまった!>かのように【ミッション:使命・天職】に導かれているはずです。しかし、後になって良く考えてみれば、【神の愛=主イエス】に選ばれた<道>こそが、自分自身にとって<最善の道>であったことを確信できるはずです。

●神のなされることは皆その時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは我々を普通の卑近な意味で幸福にすることではない。むしろ、恐れを知らず、あらゆる良き行いをすすんでしようとする人、一言でいえば、英雄的な人にするためである(ヒルティ)

そして最も重要なことは、私だからこそできる!、他の誰も代わりのできないような【ミッション:使命・天職】であったならば、実現するまでは<不死身>なのです。【神の愛=主イエス】は【神の愛の奇蹟】をはじめ、いかなる<手段>を使ってでも、【ミッション:使命・天職】への前進を守り支えて導いてくれるからです!ハレルヤ!

●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストーン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三
●地上において、あなたの使命が終わったかどうかを知るテストをしてみよう。もしもあなたがまだ生きているのであれば、それは終わっていない(リチャード・バック

ホテルニュー・ジャパン炎上の火災現場で自らの【ミッション:使命・天職】に挑む消防署の特別救助隊のエピソードが今日テレビ放映されて、初めて知り感動しました。6名の精鋭部隊のリーダーは救助メンバーとしては身長160センチ台の小柄であり、試験も4回目でようやく合格するという【試練】を要した人物です。しかし彼には生涯を賭けてでも目指したい<道>であり、彼以外の他の誰にとっても困難であった、命がけの【ミッション・インポシブル:不可能な使命】を彼は見事に実現するのです。

それはホテルニュー・ジャパンでの人命救出でした。彼を隊長とした特別救助隊は決死の思いで救出を試みます。しかし、火の中に取り残された一人の人間を救出する事に隊員が命がけで決行しても失敗します。普通なら、もう炎上が激しくて不可能だとあきらめて見捨てざるを得ない状況といえるでしょう。
もはや隊員に任せるのではなく、隊長自らが危険を承知の上で救出作業に挑むことを決意します。彼自身の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が許さなかったからです。

目の前の火災現場には、救出できるかもしれない一人の人間が助けを待ち続けていて、もしたった一人の人命でも見殺しにしてしまえば、これからどれだけ多くの人命救助をしたとしても、彼自身の<良心の呵責>によって後悔し続けることになるでしょう。

彼にとって【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と【ミッション:使命・天職】までも失うかどうかの選択しなくてはならない厳しい【試練】となりました。

●たとい全世界をもうけても、自分の命(魂)を損じたら、何の益になろうか(マタイ伝16-26)
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ

彼は自らの命をも捧げる覚悟で自己の【ミッション:使命・天職】に忠実に挑みました。おかげで【神の愛=主イエス】は彼の救助活動を通して私たちに【愛(真実)の復興】を見せてくれました。ハレルヤ!栄光を【主イエス】に帰します!

彼は大やけどを負いながらも、見事に救出に成功します。しかし、残念ながら病院で救出者は亡くなってしまったそうです。しかし、その後の彼は失望してあきらめる事無く、1000ヶ所以上のあらゆる危険な場所であっても<人命救助>に出かけられたのです。災害で亡くなった人々の死を無駄にさせない!という<十字架>を背負う【愛と自由の戦士・神の僕】です!

彼は阪神大震災の時には、仕事を休みボランティアで現地の救助指導をするなどして、常に【隣人・社会】に勇気と希望を与え続け【神の愛=隣人愛】の<復興>に献身する【ミッション:使命・天職】に活躍しています。

彼もまた【神の愛=主イエス】の【御心:意思と計画】に導かれた人生と納得できます。

●私(神)はあなた方のために立てている計画を知っているからだ。それは災いではなくて、平安を与える計画であり、あなた方に将来と希望を与えるためのものである(エレミヤ書29-11)
●一生の仕事を見出した人には、ほかの幸福を探す必要はない(カーライル)

私たちにも特別な【試練:オーディション&リハーサル】が用意されていて、時と場所にかなって【ミッション:使命・天職】に導かれる事を楽しみに待ち望みながら<心の準備>をしておきましょう!

●心の中に蒔かれた思いという種のすべてが、それ自身と同種のものを生み出します
(ジェームズ・アレン) 
●自分ができると思ったことはできるし、できないと思ったことはできない(フォード)
●幸せとは、現在進行形で理想の世界を実感することだ(アール・ナイチンゲール
●たいして力のない人でも、1つのことに全力でねばり強く取り組めば、大きな成果が得られる(スマイルズ
●目標を一つに定め、欲しいと願う気持ちを決して失わなければ、どんなものにもなれるし、どんなものでも手に入るし、どんなことでも成し遂げられる(ロバート・コリアー)

皆さんが【神の愛=主イエス】に<召命>されて、自己の【ビジョン:理想・夢・志】に【神の愛=隣人愛】の<復興>や【ミッション:使命・天職】を発見して活躍される事を心より応援しています!

キリスト教は理想ではない、事実である。理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくにすべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)