【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

<朽ちない栄冠>に導く【神の愛】!

【2008年8月26日に作成した<第471回>に加筆】
◇◇<朽ちない栄冠>を勝ち取る競技に参加しよう!◇◇
★★日・米野球の違いから【キリスト精神】や社会問題を考える★★

●競技をする人は皆、すべてに節制します。
 彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、
 わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。(コリント前書9-25)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

皆さんの中にも、北京オリンピックの<野球競技>を観戦された方は多いかと思います。
ところで、日本と米国の<野球競技>への取り組みについては違いあるように感じます。

例えば、日本の<野球>は「仕事(職業)的」に対して、米国の<ベースボール・ゲーム>では
楽しむ事が目的である「プレイ」であると言われてきました。

ストライクやボールの<カウント表示>の違いにも、取り組み姿勢の違いがあるように
思います。

ご存知のように、日本では「S・B・O(ストライク・ボール・アウト)」の順番ですが、
米国や世界標準では「B・S・0」の順番です。つまり、日本だけ表示が異なるのです。

日本で「ツー・ナッシング(2-0)」ならば、バッターが追い込まれ、ピッチャーが
追い詰めて、攻撃がピンチの緊迫状態を想像するでしょうが、一方で、米国では反対に
「ツー・ナッシング」は攻撃のバッターが<絶好のチャンス>のカウントとなります。

この些細な違いに思える事にも、日本人の重要な<民族性>が示されているかどうかを
【キリスト精神】や【神の愛=隣人愛】の<視点>で考察してみましょう。

米国(世界標準)のようにボール(B)を優先する表示は、明らかにバッター(攻撃)を主体に
考えていると思います。

つまり「ベースボール・ゲーム」とは<バッター個人>が基本にあって、敵対するチーム9人を
相手にして挑む<個人競技>であるといえます。

一方でストライク(S)を優先して表示する日本の「野球」では、ピッチャー(守備)側を
主体に考えているので、打撃の<個人競技>というよりも守備の<集団競技>であると
言えるでしょう。

日本では、バッターより、ピッチャーやキャッチャーや守備のファイン・プレーの方が
注目されるのも、<攻撃>より<守備>を主体と考えているからではないでしょうか。

北京オリンピックで大活躍した女子ソフト・ボールでも、豪腕上野投手の三連投によって
栄冠を勝ち取った!と評価されて、打撃(得点)の評価はほとんどみられませんでした。

さらに日本では守備が上手なだけでも高く評価されますが、米国では先ずは打撃の活躍が
評価され、守備が下手でも活躍しているプレイヤーがたくさんいるので、日本の解説者は
米国の守備の下手さをよく批判しています。

米国では独りのピッチャーに運命を託すという考え方は生まれにくいといえるでしょう。
たとえ<完全試合>で守り抜いたとしても、得点しなくては勝利は得られないからです。
一人一人が打撃で活躍することで栄冠を勝ち取る!事が「ベースボール・ゲーム」の真髄ですね。

チーム主体の守備「野球」と個人主体の攻撃「ベースボール・ゲーム」にも<民族性>である
日本の<他人本位>重視と米国の<自己本位>重視の価値観が反映していると思います。

伝統的に日本で野球が人気あるのは企業・組織の中で与えられた役割(所属)で活躍する
組織人としての生き方が、チーム主体の守備「野球」に共感できるからだと思います。

さて「星野ジャパン」といったように、監督の名前を冠とする伝統的日本の組織野球は、
上意下達で順調な時は躍進し続けるでしょうが、一度守備が乱れたり、主軸が不調だと
再起・再出発することが困難かもしれません。今回の「星野ジャパン」がそうでした。

もし、米国のように個人の攻撃主体のチーム編成であったならば、誰かがスランプでも
誰かが身代わりになって打撃で活躍する、有事危急に即応できる体制といえるでしょう。

それでは【神の愛=主イエス】はどちらの【チーム・ワーク&チーム・スピリット】を
喜ばれるのでしょうか?

私の理解では、誰かに全面的に自己運命や進路を託すような<他人本位>優先ではなくて
たとえ豪腕上野投手がいなくても、カリスマ的な司令塔としての星野監督がいなくても、
<自己本位>優先とした個人個人が結集して、個人の<持ち味・特性>を最善発揮させて
活躍する事で栄冠を勝ち取る【チーム・ワーク&チーム・スピリット】だと思います。

●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
 (テモテ後書2-5)
●真個の聖徒の交際は独立人の交際なり(内村鑑三

現代日本社会が、国内的・国際的にも、幕末期のような有事危急だと認識できるならば、
今こそ、【神の愛=主イエス】を信愛する<自己本位>で【自主独立:自由・独立】の
【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】が活躍できる<絶好のチャンス>です!

●この世の悪と各個人の内なる悪とは法理上すでに征服されており、従って大切な事は、
 この勝利を事実上それぞれの場合にも有効ならしめ、かつ、おし進めてゆく事である
 (ヒルティ)

一つの<チーム>である日本民族にとって、再建・復興を要する<有事危急の事態>に
一部のエリート層に民族の運命や進路を任せるのではなく、<無一物>な私であっても
【神の愛=主イエス】を司令官とする【愛と自由の戦士・神の僕】に志願するならば、
<自己本位>の【自主独立:自由・独立】の立場で<献身>できるからです!

●キリスト・イエスの立派な善い兵卒として私と苦しみを共にして欲しい。
 兵卒に服している者は日常生活の事や生計を立てる為の仕事に煩わされてはいけない。
 ただ、兵をを召集した司令官を喜ばせようとする(テモテ後書2-3~4)

米国の大リーグ野球が身近になって、日本から多くの野球選手が米国へ流出することで
従来の日本型のチーム主体の守備「野球」スタイルに、もはや限界が現れているように、
日本民族の伝統的<他人本位>社会でも限界が来て、混迷波乱の<最悪のピンチ>でも、
【神の愛=主イエス】と和解して立ち帰るためには<絶好のチャンス>です!

背信の子らよ、立ち帰れ。私があなた方の背信をいやそう(エレミヤ記3-22)
●遠くから、主は私に現れた。私は、とこしえの愛をもってあなたを愛し、
 変わることなく慈しみを注ぐ(エレミヤ記31-3)
●見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、
 私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう
(黙示録3-20)

混迷波乱の有事危急に直面する<我らのチーム>日本民族を、【神の愛=主イエス】へと
立ち帰らせるために、皆さんが<自己本位>の【ビジョン:理想・夢・志】を<旗印>に
日本社会を【神の愛=隣人愛】で光り輝かせ【神の愛の奇蹟】を巻き起こすことによって
【神の愛=主イエス】から与えられる<朽ちない栄冠>を勝ち取るために活躍される事を
心より応援しています!

●人間が互いに愛情を示し合うところ、神は近くにある(ペスタロッチ)
●世のなかのよきもあしきもことごとに、神のこころのしわざにぞある(本居宣長
●世界は結局、神の世界である(キングスレー)
●いかに幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。
 神がご自身のものとしてお選びになった、その民は(詩篇33-12)
●どのような知恵も、どのような英知も、計りごとも勧めも、
 主の御前には何の役にも立たず、無に等しい。
 戦いの日のために馬が備えられるが、救いの勝利は主による(箴言21-30~31)
●神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、
 それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。
 イエスが神の子であると信じる者ではありませんか(ヨハネ第1書5-4~5)

ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)