■寒中の木の芽(内村鑑三)
一、春の枝に花あり
夏の枝に葉あり
秋の枝に実あり
冬の枝に慰(ナグサメ)あり
二、花散りて後に
葉落ちて後に
果失せて後に
芽は枝に顕はる
三、嗚呼(アヽ)憂に沈むものよ
嗚呼不幸をかこつものよ
嗚呼冀望(キボウ)の失せしものよ
春陽の期近し
四、春の枝に花あり
夏の枝に葉あり
秋の枝に実あり
冬の枝に慰あり
★★★
●夜のあとには 朝が来る。
冬のあとには 春が来る。
嵐のあとには 日光にあふれた世界が来る。
敗北のあとには チャンスが来る(ロバート・シュラー)
●<凋落の希望>(内村鑑三)
葉落ちて枝空し。しかれども知る。
芽ならずして葉落ちざることを凋落は復活の兆しなり。
世の日に日に朽ち行くは革新の準備すでに成りたるによる。
私たちが心から愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】ほどに、直ぐには芽も出ず、花も咲かず、
何の成果も生まない<未完成・未実現>に感じられる長く辛い<寒中の時代>を覚悟しましょう。
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】である【神の愛=主イエス】は、
そんな<患難辛苦>に忍耐している時こそ、私たちの最も身近に実感できますね!
【神の愛=主イエス】のおかげで日々直面する大小様々な<患難辛苦>が<原動力・推進力>となって<不屈の楽天主義・楽観論>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で勇進できることは
<歓喜!感動!感謝!>です!ハレルヤ!
●羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る(内村鑑三)
●患難は我らを神の懐に駆(オ)い追(ヤ)るための彼のムチである
我らは患難に遭うて神の我らのために設け給いし休息(イコイ)の牧場に入るのである(内村鑑三)
●どんな人生にも憂鬱と落胆の日々があるだろう
そんなとき、人生の何もかもがつまらなく思えるのだ。
晴れ渡った日にも雲はある。
けれど、いつでも空に太陽があるということを忘れてはいけない。
冬のあとには、私たちを悲しませない次の人生の春がくる(モンゴメリ)
●人間はすべて夢想家だ。
春の日の柔らかな霞、長い冬の晩の赤い炎を見ながら夢想する。
このとき偉大な夢を忘れてしまう者もいるが、
太陽の光のもとにでる日を待ち望み、
逆境にあっても、
夢を大事に育み大きくする者もいる。
夢は必ず叶うと心から信じていれば、その日は必ず来る(ウィルソン)
●束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
逆境があるからこそ 私は走れるのだ
涙があるからこそ 私は前に進めるのだ(ガンジーの遺言となった詩)
皆さんの心に抱く<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】に成果が出る迄の、
長き辛き<どん底人生><寒中の時代>にこそ、<最高!最善!最美!>な【神の愛=主イエス】である
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な<神助:祝福・恩恵>【神の愛の奇蹟】を体感して、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて勇進し続けることを心より
応援しています!
●乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました
(ピリピ書4-11)
●<事の先後>(内村鑑三)
難き事は先になし、易き事を後にせよ。
易き事を先になして、難き事はついになす<寒中の時代>に出遭う【神の愛】! あたわざらん。
深き事を先に極めて、博き事を後に求めよ。
先に博き者はついに深き者たることあたわざらん。
博きは倒れやすし。長く保つものは深きものなり。
始めより広闊(こうかつ)を叫ぶ信仰に、長く保つもの少なし。
●苦しみにあったことは私にとって幸せでした。私はそれであなた(主)の掟を学びました
(詩篇119-71)
●概して幸福な時よりも、苦しみのときの方が、ひとは神のそば近くにあるものである(ヒルティ)
●多くの人が沢山の涙と大変な労苦を重ねて、やっと得たものを、お前はすぐに得ようと欲するのか。
主を待ち望みなさい、雄々しく振る舞い、勇気をしっかり持っていなさい。
孤疑せずに、逃げ出さずに、心身をいつも変わらず神の栄光へとささげなさい
(トマス・ア・ケンピス)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている。
(ヨハネ伝16-33)
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!