【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

覚醒と暗闇を<光>で導く【神の愛】

【2011年5月2日に作成した<第561回>に加筆】
◇◇眠りから目覚めさせ、見えざる暗闇を<光>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇ 

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

●光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。
明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。
そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」(エペソ書5-13~14)
●見えるものは暫時(ザンジ)にして、見えざるものは永遠(トコシエ)に至る
(コリント後書4-18)
●見ないで信じるものは幸いである(ヨハネ伝20-29)

最先端物理の仮説では宇宙全体の96%が未解明物質のダークマター(暗黒物質)23%と
ダーク・エネルギー73%で構成されていて、現代の人類の英知が認識できる物質は
わずかに4%に過ぎないことになります。そしてダークマターダークエネルギー
宇宙存在に必要不可欠な重要な存在であると認識し始めています。

●主は、その憐れみを全ての被造物に示し、御自分の光を闇とともに、
アダムに分け与えられた。(シラ書〔集会の書〕16-16)
 
科学と宗教は敵対的関係にあるように考えられがちですが、最先端のな科学者ほど
サムシング・グレート(Something Great)」の存在を認めていることは興味深い
事実です。

●科学は天然界における事実の観察なり。宗教は心霊界における事実の観察なり。
二者同じく事実の観察なり。科学と宗教は善き兄弟なり。
科学の敵は宗教にあらず、
  思弁なり。宗教の敵は科学にあらず、神学なり
内村鑑三

<【真理】探求精神>を同根とする人間の思想・哲学・科学は【神の愛=主イエス】に
出遭える道です!

●信仰と哲学は矛盾しない(ライプニッツ
●<ギリシャの三大偉人>(内村鑑三
ソクラテス   精神 ⇔ 道徳家
プラトン    思想 ⇔ 哲学者
アリストテレス 科学 ⇔ 理学者
精神なくして思想なし、思想なくして科学なし。
思想は科学の母にして、精神は思想の母なり。
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに話しかけることもある
(ヒルティ)

この世界は見えざる 「サムシング・グレート(人智を超えた何か大きな存在)」で
成り立つという仮説でも【神の愛=主イエス】を【信仰:信愛・信頼・信従】する
立場では【神の愛=主イエス】の実在を確信できる真実です!

●私たちは見えるものでなく、見えないものに目を注ぐ。
見えるものは一時的にして、見えないものは永遠に続く(コリント後書4-18)
●目に見える望みは望みではない。
何故なら、現に見ていることに、どうして、なお望む人があろうか。
もし、私たちが見えないことを望むなら、
私たちは忍耐して、それを待ち望むのである(ロマ書8-24~25)
●信仰とは望んでいる事柄を保証し、未実現の見えないものを確信させる事である
(ヘブル書11-1)
●私たちは見えるものによらないで、信仰によって歩いている(コリント後書5-7)
●信仰によって、私たちは、この世界が神の言葉によって創造されたのであり、
従って見えるものは、目に見えているものからで成されたのではないことを
悟るためである(ヘブル書11-3)
●見えるものは暫時(シバラク)にして、見えざるものは永遠(トコシエ)に至る
(コリント後書4-18)
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。
これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
しかしながら!、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三

国難の危機にある現代日本においても、人智で理解できる    知覚できる実態評価では
失望と不信に終わる世界の背後に、この世の<万事・万物>を守り導く人智を超えた
科学的に未解明の<ダークエネルギー><サムシング・グレート>の正体として
【神の愛=主イエス】の【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】【神の愛の方程式=摂理】を
霊的に体感しましょう!

●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、即ち神の永遠の力と
神性とは、被造物に現われており、これを通して神を知ることができる
 (ロマ書1-20)
●万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
<別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
<別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)

●★万事万物の本源を握る者は神の御手
★地に起こる全ての出来事は源を天に置く
内村鑑三
●キリストは人類、特に信者の万事万物である。
キリストを有して我らは万物を有する。
我らは主を信じて単に我らの霊魂を救われるのではない。
主によりて父なる神より万物を賜わる資格を得る(内村鑑三
●<愛の波動>(内村鑑三
愛は波及す。延びて地の極みに達し世の終わりに至る。
我も直ちに神に接し、その愛を我が心に受けて、地に愛の波動を起こさんかな。

私たちの遺伝子の97%はオフ状態で、一生涯で脳の大半は未使用状態と聞きます。
宇宙と同様に私たち各自に託された<独自性>【タレント:個性・才能・可能性】も
わずかしか解明しておらず、本来の【タレント:個性・才能・可能性】は無限大です!

つまり、宇宙全体も、天然現象も、私たち個人個人も、この世の<万事・万物>が
不完全に感じられるのは、私たちの本来の知的・霊的レベルの「氷山の一角」しか
最善発揮されていないからだと思います。

そうです!この世の<万事・万物>に未解明・未知・未実現分野が残されているのは
<創造主>【三位一体:父・子・聖霊】が天地創造の始めに造られた時の完成品では
<最高!最善!最美!>であった証明です!

●神、その造り給える全ての物を視給いけるに「はなはだ善かりき」(創世記1-31)
●善は神なり(マタイ伝19-17)
●You are good and do good!
●あなたは善なる方、いつくしみ深くあられ、全てを善とする方で慈しみを施されます
詩篇119-68)

今日現在の地球上では、天然災害・殺戮・紛争が絶えない不条理の世界に思えても、
この不完全さは、私たちの本来の【タレント:個性・才能・可能性】がオフ状態で
眠らされているので【神の愛の方程式=摂理】と【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】を
見えざる<ダークマターダークエネルギー>としか知覚・認識できないだけです。

●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか
(箴言20-24)、
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三
●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三
●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、腐敗の累積はあえて恐るるに足らざるなり
(内村鑑三)
●お前の意図に反しても、それは全くもう駄目というわけではない。
目前の感じによって物事を判断するのは間違いである(トマス・ア・ケンピス)

この世で起きている現象を、眠りから覚めた【神の愛=主イエス】の<視点>では
時と場所にかなった<最高!最善!最美!>の【御心:聖意・聖旨】と確信すれば
私たちは【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に満たされます!

●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
私の道はあなた方の道と異なる。
天の地よりも高いように、
私の道はあなた方の道より高く、
私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
殺すのに時があり、癒すのに時がある。
崩すのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●失望は不信なり、信仰は無限の希望を意味す(内村鑑三
●<信仰と希望:ヘブル書11-1>(内村鑑三
既に見るところのものは、これを望むの要なし
解し得ることを信ずるは知識にして信仰にあらず
信仰の貴きは解し得ざることを信じ、理由なくしてでなく愛のゆえに信ずること
愛の示すところの事を解し得ざる事にこれを信ずる。
有限の我等が無限の神に対して幼心を抱くにいたって救われる
すなわち、幼子となりて救われる
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、これに対抗することは
できるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)

私たちが眠りから目覚めた本来の【タレント:個性・才能・可能性】をオン状態にして
最善発揮できるには、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
【ミッション:使命・天職】に勇進する<神の器・神の道具>になることです!

●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって
私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で自ら全てのことを
行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)

皆さんが眠りから覚め<ダークマターダークエネルギー>を最善発揮できるように
【神の愛=主イエス】から託された【神の愛の事業】【ミッション:使命・天職】が
生まれつき心に刻印されている【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる<福音の戦士>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】として
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】【救国:日本民族精神復興&国家再建】に
活躍されることを心より応援しています!

●他を進めて、また自身をも進めるの事業、神の事業とは実にかくのごときものなり
(内村鑑三
●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが
神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て我等ははじめて
独立の人となるのである(内村鑑三
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、眼を神に注いで事業はおのずから成る。
神は事業の神なれば、我らは神を信じて無為の生涯を送らんと欲するも得ず
(内村鑑三
●神は神の聖霊を役立てたいと思う人々にだけ、それを授け給うのであって、
ただそれを所有して楽しむためには与えられない(ヒルティ)
●神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて
万事を益となるようにして下さる事を、私たちは知っている(ロマ書8‐28)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは我々を普通の卑近な意味で
幸福にすることではない。むしろ、恐れを知らず、あらゆる良き行いを進んで
しようとする人、一言でいえば、英雄的な人にするためである(ヒルティ)
●一切の仕事が、神をはなれては困難であり、神とともにあれば一切が可能である
(ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●老いゆけよ、我と共に!
最善は これからだ。
人生の最後、そのために最初も造られたのだ。
我らの時は 聖手の中にあり
神言い給う「全てを私が計画した。
青年はただ その半ばを示すのみ。
神に委ねよ。全てを見よ しかして恐れるな!」と。(ブラウニング)