【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

人道を<神愛道>に導く【神の愛】①


HALLELUJAH THANKS A LOT !

【2013年5月10日に作成した<第612回>に加筆】
◇◇人道を<神愛道>に導く【神の愛=主イエス】!①◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

私自身の事でも、日本や世界で起きている万事・万物の事についても、
人道<世俗的ヒューマニズム>・理性的・道徳・倫理観・世間体に照らし
解釈してみれば、<不完全・闇・罪悪>にしか見えないことであっても、
【神の愛=主イエス】の価値観である<神愛道>で照らして観るならば、
完全悪はなくて、かえって【御心:聖意・聖旨】実現のために不可欠な
存在である事が実感できるようになりました。

●私は言う「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
(アウグスティヌス
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
(アウグスティヌス
●怨に酬ゆるに徳をもってし
憎に対するに愛をもってし
悪に対するに善をもってする(内村鑑三
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)

例えば、武力戦争は人道的・理性的・道徳倫理観では完全悪の存在です。
しかし、アレキサンダーの侵略行為があってギリシャ語が公用語として
当時の世界に普及され、その後にローマ帝国の支配によって道路網が
整備されたおかげで、パウロの伝道活動は広範囲に一気に宣教できたと
言われています。

万事万物の造り主であり、此の世の初めから終わりまで永遠の存在である
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は、被造物で短命な人間の
能力と叡智では計り知ることのできない事は当然ですね。

キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
私の道はあなた方の道と異なる。
天の地よりも高いように、
私の道はあなた方の道より高く、
私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●私(主)がしていることは、今あなたにはわからないが、
あとでわかるようになるであろう(ヨハネ伝13‐7)

此の世限りの人生観、人道・人権など人間主体の価値観・歴史観で観るならば、
誠に此の世は不完全・不平等・不公平・格差社会の弱肉強食・優勝劣敗の如く
感じても仕方がありませんが、此の世限りではなく、死後の<来世・天国>の
存在に通じる<神愛道>に基づいた人生観・価値観・歴史観で再考するならば、
【神の愛=主イエス】に立ち帰る方向へ前進し続けている事が実感できます!

●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、
救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1‐18)
●この世は不完全きわまる世なりという。
しかり、身の快楽を得んがためには実に不完全きわまる世なり。
しかれども、神を知らんがためには、
しかして愛を完(マットウ)うせんがためには、
余輩はこれより完全なる世につきて思考することはできない(内村鑑三
●忍耐を練らんとして、寛容を増さんとして、
愛をその極致において味わわんとして、 
この世は最も完全なる鍛錬場なり(内村鑑三

今日現在の私の霊的解釈では、此の世で活かされている私たちの状態とは、
胎児のような境遇だと考えます。胎児は赤ちゃんとして此の世に産まれ出る迄は、
真っ暗な母体で身動きも困難な空間で機能も能力も不自由・不完全な状態であり、
外の世界を実感も創造も理解もできなかったことでしょう。

同様に不完全に感じる此の世での生涯を終え、死後に迎える<新世界>に至る
私たちも<最高!最善!最美!>の<来世・天国>を実感も創造も理解する事
恐らく不可能であると思います。

【聖書】に明確に示されていませんが、「自殺」が否定されるのも、おそらく
【神の愛=主イエス】の計画した<天命・天寿>より、自己都合で勝手に早く
死後を迎えると<未熟児>として<来世・天国>で苦労することになるからだと
思います。   

たとえ災害や事故事件に巻き込まれるような不条理・不幸・不慮な死に見えても
此の世限りの人道・人権・理性的価値観での解釈に過ぎず、<神愛道>で観れば
【御心:聖意・聖旨】にかなった名誉ある飛び級的<昇天>である事を確信します!

葬儀でよく「永眠」と聞きますが、胎児が産道を抜けて自由解放されたように、
【神の愛=主イエス】に導かれる<神愛道>に従って<来世・天国>に至るなら、
私たちは此の世の生老病死から自由解放されるので自由自在な<天使>のように
【神の愛=主イエス】と共に【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を実現するために
眠ることなく世界中を飛び回って大活躍できることを今から楽しみです!

●私は門である。私を通って入る者は救われる。
その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
●イエスは言われた。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、
死んでも生きる」(ヨハネ伝11-25)
●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、   だれも父のもとに行くことができない(ヨハネ伝14-6)
●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
私には何も欠けることがない。
主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
主の御名にふさわしい義の道に導き、
私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
詩篇23-1~6)

★★【その2】につづく★★