【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【ビジョン】を神愛道具に導く【神の愛】




【2016年9月21日に作成した<第669回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<神愛道具>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神の愛=主イエス聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

皆さんも「お気に入り」という言葉を使うと思いますが、「気を入れる」ことは
自分の好みであり、<万事・万物・万象>に対する自分の意思表明でもあります。

同様に「入魂」という言葉もありますが、私も「お気に入り」のモノや創作物に
自分と一心同体で<人生の伴侶>として<一体化・連帯化・協働化>するように
たとえば時計や万年筆やブログの文章でも、まるで<人格的存在>となるように
霊性:魂[勇気]・善意・良心】を込めて息づかせることができます。

特に個性があるアナログなモノやキズモノの方が愛着が湧き魅力を感じます。
まさに【神の愛=主イエス】もまた、私たち<万事・万物・万象>を愛されて
大切に「お気に入り」登録して不眠不休で完全フォローしてくれているので
たとえ私のように<不義・不正・不実>の泥まみれで世間的に廃棄物扱いでも
<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>に大敗北してどん底人生であろうと
世間や家族が見捨てても、最後の最後まで<いつも一緒!>で見捨てず見守り
<神助:祝福・恩恵>の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> で
<最高!最善!最美!>の<生き様・死に様>に助け導いてくれます!

●父母は私を見捨てようとも、主は必ず、私を取り上げ引き寄せて下さいます
詩篇27-10)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、
 病気の者を力づける。私は肥えたと強い者を滅ぼす。
 私は正しい裁きを持って彼等を養う(エゼキエル書34‐16)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるような事があっても、私(主)はあなたを忘れる事はない
 (イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
 「Very Important Person in God's Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、
 天に在ますあなた方の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)
●父母はわたしを見捨てようとも、
 主は必ず、わたしを取り上げ引き寄せてくださいます(詩篇27-10)
●我が魂よ、主をほめたたえよ。
 善くして下さった主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない(詩篇103-2)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである (ロマ書8‐38~39)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三詩篇139‐7~8) 

私たち<万事・万物・万象>が「お気に入り」登録でフォローされているように
私たちの【ビジョン:理想・夢念・大志】にも<神愛気魂>が込められています。
従って私たちも【ビジョン:理想・夢念・大志】をお気に入りで入魂することで
<最愛の我が子・我が分身>として<一体化・連帯化・協働化>すればする程に
私たちは<神愛道具:神愛の器・神愛畑・神愛宮>として活躍する事ができて
【神の愛=主イエス】との【神愛事業=隣人愛&奇蹟】が連発します!

●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
 人間のものではないからである (ヒルティ)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
 その測り知れない力は神のものであって、
 私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、
 神はその人の中で自ら全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う
 (聖女カタリナ)
●わたしたちは生ける神の神殿なのです(コリント後書2-16)
●汝らの身は、その内にある神より受けたる聖靈の宮にして、
 汝らは己の者にあらざるを知らぬか(コリント前書6-19)
●汝ら知らずや、汝らは神の宮にして、神の御靈なんぢらの中に住み給ふを。
 人もし神の宮を毀たば神かれを毀ち給はん。
 それ神の宮は聖なり、汝らも亦かくの如し(コリント前書3-16~17)
●私たちは神の同労者である。あなた方は神の畑であり、神の建物である
 (コリント前書3-9)

【ビジョン:理想・夢念・大志】を<最愛の我が子・我が分身>にすることで
<神愛気魂>に満ち溢れた<神愛道具:神愛の器・神愛畑・神愛宮>になれば
<無限大・無制限>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】によって
どんなに落ち込んでも<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!

●<神の力>(内村鑑三)
 神はただ愛と生命と精力とあるのみ。
「これゆえに、我ら臆せず、我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、
 内なる人は日々に新たなり(コリント後書4‐16)」
 神にありて我が失敗は失敗にあらず、我が弱きは弱きならず!
「(弱った者には力を与え、勢いのない者には強きを増し加えられる。
 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れ果てて倒れる。しかし、)
 我が神にありて新たなる力を獲、ワシの如く翼を張りて昇り、走れども疲れず、
 歩めども倦まざるなり(内村鑑三:イザヤ40‐31)」
◎【神の生命=神の愛の力⇔新生命力・新活力・新思想】(内村鑑三より)
◆霊魂を復活させ、愚かなる者を智からしむる能力ある事実(詩篇19)
◆すべて信じる者を救わんとする神の大なる能力(ロマ書1-16)
神の国は言葉にあらず、能力に在り(コリント前書4-20)
◆大能をもって我が内に働くもの(コロサイ書1-29)
◆【神の生命】は心の内に【光】となって
【新生命力】と【新活力】を加える【生活力(バイタリティ)】を提供する!
◆信仰により救われるのは、信仰により【この能力=生活力】を我らの
 能力とする事ができるからであり、死は【生活力】が欠乏してやって来る。
◆【キリスト教(キリスト精神)】は【神の大なる能力=神の生命=生活力】を
 豊かに供給して人を永遠にまで救わんとする、キリストなる【神の生命】を
 もって【不朽の生命】を与えんとするものである!
●汝ら立ち帰りて静かにせば救いを得、
 平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし
             (イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)

世界も日本も価値観大変革の混迷大波乱の時代に、助け導き見守り続けてくれる
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】する
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の<お任せ人生>で
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<神愛気魂>に満ちた<神愛道具>にして
<人格的存在:最愛の我が子・我が分身>として<一体化・連帯化・協働化>させ
【神の愛=主イエス聖霊】と共に【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を連発させて
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●個人をもって始まらざる事業にして、偉大なる事業あるなし(内村鑑三
●目の前の一人を救える者が、世界をも救える(ユダヤの格言)
●奇跡とは神の能力の発顕でありますから、
 神の存在と活動とを信ずる者の眼には、
 奇跡、天然の別はありません(内村鑑三
●【遠大の事業】(内村鑑三
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。
●われらは天職を終了(オワル)までは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。
 <最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
  働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)
●他を進めて、また自身をも進めるの事業、
 神の事業とは実にかくのごときものなり(内村鑑三
●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが
 神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て
 我等ははじめて独立の人となるのである (内村鑑三
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、
 眼を神に注いで事業はおのずから成る。
 神は事業の神なれば、我らは神を信じて
 無為の生涯を送らんと欲するも得ず(内村鑑三
●あえて大事業をしようとせず、
 大伝道を試みようとせず、
 大奇跡を行なおうとせず、
 ただ神の命を重んじ、彼の言に従い、
 神を信じることこれが事業であると信じて、
 無為に類する生涯を送ることである(内村鑑三
●安全は退いて求めるべきものではなく、
 進んで達すべきものである。
 歓喜と満足とは前にあって後ろにはない。
 臆病者に平和はない。進め、どこまでも進め(内村鑑三

ハレルヤ!栄光を主に帰 します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)