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神の同労者、神の畑、神の建物

◇◇神の同労者、神の畑、神の建物◇◇【2002年6月11日に作成した<第253回>より】

2002年3月30日(土)22:00TV東京「美の巨人たちマティス
     6月9日(日)14:00NHK教育「心の時代:いのちの不思議」を観て

●私たちは神の同労者である。あなた方は神の畑であり、神の建物である
 (コリント前書3-9)

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

聖書の教えに従えば、私たちは神との共同事業である【神の愛・隣人愛】を
実践する同志であり、各自には【ビジョン:理想・夢・志】を目指せる為に
無から有を産み出せる「畑(土地)」と具現化できる「建物の土台」を神から
生まれつき与えられているといえます。

●【独立の確信(中江藤樹)】
 知らざりし 外に求むる いろいろの ちから我が身の うちにありとは

それは、【無償ギフト】として神が私たち各自に世界で【オンリー・ワン】の
【タレント:個性・才能・可能性】だと思います。

各自特有な「畑(土地)」と「土台」にピッタリ合った「成果物」を創り出す事が
各自に託された【使命・天職】であると思います。

そして、各自を【使命・天職】に導き自覚させ従事できるためにと、天の父なる
神は私たちに時には厳しい【試練】を訓練として与えてくれるのだと思います。

●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者をしかる(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、子として扱って
 おられるのである。いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)

この場で紹介してきた人々の多くもまた、神の厳しい訓練を試練として乗り越え
【使命・天職】を見出し実践できたのだと思います。

先日テレビで紹介されていた画家マティスの場合も神の訓練があったからだと
私には感じます。

マティスの親は息子マティスが堅実な生活を望んでいました。そこで親の望みに
かなうためにと法律事務所に勤務しますが、21歳の時に長期入院してしまいます。

そこで、母親が病床にあるマティスを慰めるために、絵の具道具を与えたことが
【使命・天職】に導かれるきっかけとなったそうです。

身動きの取れない世間的には不自由な病床の苦難のどん底で、本当の自分が望み
神の望みである【使命・天職:画家の道】を発見できたこともまた訓練でしょう。

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと
 思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に平安な義の
 実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)

マティスは独自のスタイルを見出すまでに紆余曲折がありました。それは、
彼でなければ他の誰も替わりのできない色彩に対する好奇心と探求心ゆえの
苦難でありました。

病院生活のおかげで絵画に目覚めたマティスは、先ずパリ留学を目指します。
古典的画風を学ぶために入学希望しますが、推薦状のない彼は拒否されます。
学校の前で訴え続けた彼の熱意は有名画家であるモロー教授に見出されます。

マティスはとても生真面目で「ドイツ人の教授」とあだ名されるほどでした。
古典絵画を模写するマティスの画風に「君は絵を単純化する才能がある」と
モロー教授に見出されたことから、彼のもとで五年間学びます。

その後、マティス自身が「最も影響を受けた画家」と評する印象派セザンヌ
「キャンパスに本質的なものを描く精神」あこがれるようになります。

「絵画とは何か」について無名のマティスが探求し始めるきっかけとなります。

さらに、点描画で有名な新印象主義のスーラに出会い、光を科学的に分析して
色を混ぜ合わせない絵画手法を知ったことで、マティスは再び悩みます。

そして、ゴーギャンの画風に出会い、「フォービズム(野獣的)」の冒険である
自由に色を選び輪郭にとらわれない実験にも3年間取り組みます。

彼は常に満足せず、世間的にはきわめて苦痛に満ちた探求生活であったようです。
しかし、彼自身は常に「始まりの始まり」として勇敢にチャレンジし続けます。
それこそが、後世の絵画に影響を与えるほどの彼の【使命・天職】そのもので
あったからです。

●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を
 実現する生まれつきの衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)

マティスは出し惜しみせずに、存分に自己の「畑」を耕して多くの作物を産み、
様々な「建物」を創り続けることを目指したので神に祝福された人だと感じます。

●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
 利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
 決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
 のである(コリント後書9-7)

自己の病苦のおかげで、医療の新たな道を発見した人も紹介されていました。
大正生まれの甲田光雄さんは、若い頃から大病に悩まされ続けます。そして
戦争中には軍役のために慢性肝炎となってしまいます。

戦後になると「健康になりたい!」一心で大阪大学の医学部に入ったものの
肝炎だけでなく大腸炎などあらゆる内臓をこわして大学病院に入院します。
長き闘病生活でも完治する見込みがなく、病院からも見捨てられ「自宅療養」を
勧められます。

医療に救われずに望みを絶たれて【どん底】の苦難にあった甲田さんに、一筋の
【希望の光明】が神によってもたらされます。それは「断食療法」でした。

1950年に甲田さんは最後の望みとして断食療法に挑みます。周囲は反対します。
当時では、弱りきった病人が断食すれば死んでしまうと思われていたからです。
ところが、あれほど不治の病とみなされた甲田さんが見事に健康を取戻すのです。

「断食には深い真理がある!」
甲田さんは確信したそうです。

「断食で医療で救われない人々を救おう!」
彼が【使命・天職】を発見できた瞬間です。

●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち
 神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、また、
 これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った
 日のことである(ヒルティ)

大病に苦しみ続けた甲田さんは「どうしたら健康になれるか?」という疑問の
答えを「少食の習慣」であることを自らの闘病体験で確信しました。

何故なら、甲田さんは大食漢であり、甘いものが大好きだったからです。この
大食こそが全ての病気の原因であることが解ったものの、甘い物好きの習慣は
止められず、せっかく断食で回復した健康も一進一退を繰返すばかりでした。

生野菜中心の食事療法と健康体操からなる西式健康法を研究して半日断食を
実践する内に、甲田さんは精神と肉体は一つである事を自覚するようになって
行きます。

そして、甘党の習慣を無理やり戒律として禁じるのではなくて、それよりも
他の「いのち」を頂いているという「神への感謝の気持ち」を大切にする事が
「少食の習慣」を実践できることを発見するのです。

「食べないという誓いは心をしばり窮屈になるので、かえって難しくなるが
 神様へお供えした物として頂けば少食にもなれて行きます。」
 食物を神から与えられた「いのち」として感謝して大切にする愛と慈悲の
 実行が『少食』なのであり、だから神は幸せを与えてくれるのです。」

甲田さんが発見した【隣人愛】こそが肉体だけでなく精神の健康になるのです。

「少食」は量よりも質を重視するので、食物の「いのち」を粗末にしなくなり
白米より玄米に、白パンより黒パンに、白砂糖より黒砂糖に、切り身より小魚に
「つまみ食い」でなく全部を食べるようになると、肉体自身も若返るそうです。

「(神と食物への感謝の)思いによって健康も運命も変えられるのです」

病院が放棄した内臓疾患を克服して、しかも【神の愛】に目覚めた甲田さんの
実体験ならではの確信に満ちた信仰告白といえるでしょう。

甲田さんは神が与えた【訓練】としての闘病体験を耐えて有効活用できたので
新たな医療の道である【使命・天職】に導かれて発見できたのだと思います。

現代医学では解決できない生活習慣病の療養所を運営しながら「半日断食」や
愛と慈悲の実行である「少食習慣」を教え導くこともまた、神の同労者であり
福音伝道事業であるといえます。

そして、甲田さんには大いなる【ビジョン:理想・夢・志】があります。
日本人が少食習慣のために朝ご飯を控える「半日断食」を実行することで
慢性病は改善されて、医療費への国家予算も大幅に削減できるようになると
信じているのです。宗教観・信仰精神が経済を救済できるという確信です。

「命よりも経済という目先の思いがひっくり返った思いだから行き詰まる。
 命を大切にする仏の道にかなった思いへ立ち戻ることが必要なのです」

●経済の背後に政治あり  政治の背後に社会あり
 社会の背後に道徳あり  道徳の背後に宗教あり
 宗教は始めにして経済は終りなり。宗教の結果はついに経済において顕れる
 (内村鑑三

神から与えられた【無償ギフト】である肥沃な「土地・畑」と丈夫な「土台」を
活かすべく、世界で【オンリー・ワン】の【タレント:個性・才能・可能性】を
最大発揮させて、神が時にかなって鍛え訓練してくれ見守り助け祝福される事を
信じて、私たちも大いにチャレンジしましょう。

●私は平安をあなた方に残して行く。私の平安をあなた方に与える。
 私が与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。
 あなた方は心を騒がせるな。またおじけるな(ヨハネ伝14-27)
●たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても
 私はわざわいを恐れません
 あなたが私と共におられるますから 
 わなたのムチとあなたの杖
 それが私の慰めです(詩篇23‐4)

それでは明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)