【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

<真の友>&<王の中の王>!①

◇◇【人生の伴侶】で【真の友】は【The King of Kings(王の中の王)】!(その1)◇◇
【2006年5月10日に作成した<第404回>に加筆】 

●神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン(テモテ前書6-15~16)
●この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた(黙示録19-16)

【神の愛】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

今日現在、様々な【苦難】にあっても、【再起・復活】のために、【神の愛】が慰め励ましてくれます!
明日こそ、【ビジョン:理想・夢・志】の実現を目指すために【神の愛】が勇気と希望を与えてくれます!
皆様の心に【神の愛】が宿り、存在を実感できますように【主イエス】の御名によって祈ります!アーメン

【神の愛=主イエス】を信愛する私は自力で【出世】するよりも【神助・神の愛の導き】を見出す意欲に満ちています。
そのおかげで、【神の愛=主イエス】に喜んでもらえる【道】を歩めるようにと、年を経るごとに、成長させてもらっています。

●導きの正反対は出世主義である(ヒルティ)
●賢さで人生を乗り切るのは困難だが、導きによって生きるのは容易である(ヒルティ)

【神の愛=主イエス】を心に受け入れてからの私は、目からウロコが落ちて、どんな時でも【独りぼっち】ではなかったことを理解できます。たとえ私が【神の愛=主イエス】に興味すらなく、知らない時代にあっても、自ら背を向けていてもです。

●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う(内村鑑三詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにおける
 神の愛から私たちを引き離すことはできないのである (ロマ書8‐38~39)

そして、最善最強の【The King of Kings(王の中の王)】が、これからもずっと【人生の伴侶】であることは感謝感激です!

●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる <With You Always> (マタイ伝28‐20)

【主イエス】が【The King of Kings(王の中の王)】であり、主の中の主であるということは、興味深い【真実】だと思います。
日本でよく語られることは、キリスト・ユダヤイスラムの【一神教】と伝統的日本の宗教的価値観の【多神教】の違いです。
多くの人は【多神教】と【一神教】は相容れることはできず、対極の関係にあるように理解されているのではないでしょうか。

私自身の信仰体験からすれば、【多神教】と【一神教】とは対極ではなく、同じ方向を目指しているように理解できます。
人生の困難に直面して様々な【神々・諸王】に出会い、乗り越えなくては【一神教】に到達することはできないからです。

私も幼い頃から、正月には神社・仏閣を参り、それぞれの神仏に進学・就職・交通安全・健康などを祈願してきました。
まるで役所や病院のようです。自分の悩み問題に応じて、受付先が異なるので、専門窓口に出かける必要がありました。

進学の神様、金運の神様、交通安全の神様、健康の神様、商売繁盛の神様、子宝の神様など、それぞれ異なります。
仏様も、大日如来、観音様、文殊普賢菩薩阿弥陀様、弥勒不動明王など、必要に応じて姿が異なるようです。

それは専門部署・専門医を捜すように、自分の悩み問題に応じて、正しい最適な神様・仏様を捜さなくてはなりません。

もし、神様の中の神様、仏様の中の仏様、主の中の主がいてくれたなら、【その方】にだけ直接お願いすれば済みます。
まさに【その方】として、この世に現れて下さったのが【The King of Kings(王の中の王)】である【主イエス】であるのです!

本来なら、天地万物を創造された大王ならば、小さき我が身ならば、恐れ多くて近づくことも招待されることないでしょう。
しかし、【主イエス様】は最も小さき者となって現れて、私たち各自が経験する≪全ての苦難≫を自ら経験してくれた方です!
まるで物語『王子と乞食』のように、【The King of Kings(王の中の王)】でありながら、我らの【兄弟姉妹】となられました。

●主ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練の中にある者たちを助けることができるのである(ヘブル書2‐18)

【主イエス】は【優しくて強い存在】であり、【The King of Kings(王の中の王)】であると同時に【大祭司】でもあるのです。

●この大祭司(主イエス)は、私たちの弱さへの同情や思いやる事のできないような方ではない。
 罪は犯さなかったが、すべてのことについて、私たちと同じように試練にあわれたのである。
だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの御座に近づこうではないか(へブル書4-15~16)
●大祭司はすべて人間の中から選ばれ、罪のための供え物やいけにえを献げるように、
 人々のために神に仕える職に任命されています。
 大祭司は、自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な人、迷っている人を思いやることができるのです(ヘブル書5-1~2)

【The King of Kings(王の中の王)】で【大祭司】なる【主イエス】に謁見するために特別な資格も実績も紹介状も不要です!
こんな些細な私事で迷惑をおかけして申し訳ないというような遠慮も謙虚さも一切無意味であることを私自身は知っています。

真っ先に【神の愛=主イエス】に相談せずに、他の神仏や神々に頼り、【この世の勢力:富・権威・名声】に相談する事こそが【神の愛=主イエス】にとっては【神の栄光】を汚し、姦淫であり、忘恩であり、迷惑千万である事を私は知りました。

私たちが様々な神々や神仏に祈願したり【この世の勢力:富・権威・名声】といった【神の愛=主イエス】以外に相談したから願いがかなったのでしょうか?それとも私たちを最も愛している【神の愛=主イエス】が聞き入れ働いて、かなったのでしょうか?

私はどんな時でも、誰に頼んでいようとも、背後で【神の愛=主イエス】が働かなければ【奇蹟】は起こらないと確信しています!
この世の万事万物どんな出来事にも、その背後には必ず【神の愛】の【聖意・聖旨】が働いていることを感謝して信じましょう!

●【聖意・聖旨】⇔★万事万物の本源を握る者は神の御手★地に起こる全ての出来事は源を天に置(く内村鑑三
●全ての事は、神の御旨によりて招かれたる神を愛する者のために、ことごとく益をなすを我等は知れり(ロマ書8-28)
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)
●御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に先立って生まれた方である。
 万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座・位も主権も、支配も権威も、みな御子において造られたからである。万物は御子によって、御子のために造られたのである。御子は万物よりも先におり、万物は御子によって成り立っており、支えられている(コロサイ書1-15~17)
●神は、御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を創造された(ヘブル書1-2)
●万物は、     神より出で、神によって成り、 神に帰する。
 (すべては    神から、   神によって、   神のために存在する)
 (すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている)
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)


★★【その2】につづく★★