人間の真の偉大さは、
その人が善の完き道具、
あるいは――もっと明確にいえば――彼を通して語りかつ行い給う、
神の霊の完き道具である、
という点にある。
その人がこのことを自覚すればするほど、
彼はますます確実に己れの道に徹し、
いよいよ多くの事をなし遂げるであろう、
たとえ世間の人が全然彼を理解せず、
それともただ部分的に、
しかも徐々にしか、
理解しない場合でも。
世間の見解などは大したことではない。
それどころか、
非常によい働きをした人びとすらも、
たいていはその死後になって初めて世間に理解されたにすぎない。
<3月1日:「眠られぬ夜のために」>(ヒルティ)
★★★
たとえ世間的に<無一物>で<不義・不忠・不実>で不潔な私であっても、【神の愛=主イエス】と
【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて<神の道具・神の器>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】に志願するならば、<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】で勇進し続けることができます!ハレルヤ!
●自分の意志をまったく神にゆだねて、ひたすら神の道具でありたいと思う人は不思議に、
どんな祈りも聞き届けられる。そういう人はただ願い求めればよいのだ。
そうすると憂いも怖れもなく、至福の状態で、あらゆる困難を切り抜け、
生涯の日々をすべての人々とまじって生きて行くことができる(タウラー)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●我らは祈りを神に捧げる、すると神は我らのために語り、かつ働き給う(ジョージ・ミラー)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で自ら全てのことを行ない、
彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
皆さんが【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】で<最高!最善!最美!>である
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>に結ばれて、世間の逆風にも立ち向かって、<我が道:大義・人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】に通じる<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に勇進されることを心より応援しています!
●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの衝動を
自分のうちに持っている(ヒルティ)
●<独立の確信>(中江藤樹)
知らざりし 外に求むる いろいろの ちから我が身の うちにありとは
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
(ヘブル書12‐1~2)
●前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず、
前に進まんのみ(内村鑑三:シ出エジプト記14‐15)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、
キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている
(ピリピ書3-13~14)
●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ
内村鑑三)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、
勇気と希望をすこしも捨てぬ。
私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●進まんのみ、進まんのみ。褒(ほ)めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
謗(そし)らるるも謗られざるがごとく進まんのみ。
ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。人は無き者と思うて進まんのみ(内村鑑三)
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!