【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】は【自主独立】に導く!

◇◇「 国家の独立は国民の独立より」(福沢諭吉) ◇◇
【2000年12月20日に作成した<第43回>に加筆】
 NHK12月20日(水)「その時歴史は動いた~福沢諭吉」より

皆さんもご存知、福沢諭吉の咸臨丸による渡米経験のドキュメントを観ても、改めて米国の
フロンティア魂に根ざしている【キリスト精神】の意義を知ることができます。

TV番組の中で特に感動的なエピソードをいくつか紹介します。
それは、咸臨丸の船上で起こります。勝海舟を艦長を筆頭に日本で航海術の教育訓練を4年間受けた、
いわゆる幕府のエリートが中心とした航海チームと、日本近海で難破して救助された米国大尉と11名が
同乗していました。勝艦長は幕府の威信をかけて、日本幕府の船員のみで航海成功を目指します。

しかし、初めての太平洋航海では、幕府エリートチームは【ライト・スタッフ(適任者)】ではありませんでした。特に、航海上の重要任務であるはずの航路監視を軽視したばかりに、危険な暴風雨に巻き込まれます。この時、勝艦長など幹部も船酔いにあって制御不能状態に至ります。

こんな時でも、冷静であった福沢は驚くべき光景をみたと日記に残している出来事が起きます。

それは、米国大尉と11名の船員が咸臨丸を難破より救出するために、日本の許可なく自発的に行動して
暴風雨から咸臨丸を見事に救出させました。この時から、日本は米国スタッフと共同作業体制となります。しかも重要任務には単なる年功・肩書きだけで決めるのでなく、適材適所の【ライト・スタッフ】を配置する事が実現するのです。

福沢にとってだけでなく、当時の幕藩体制門閥制度の社会においては、とても驚きの事でした。
この命令に反した自発的行動や肩書きや権威に無関係の能力主義による職務担当による自由・平等の
価値観は、150年後の現在においても、日本ではまだ中心的な主流の価値観ではないように思われます。

福沢が米国の自由・平等精神に感動したのには理由があります。それは、彼自身の父親が優秀であったにも関わらず、身分が低いという理由だけで、要職につけず若くして亡くなります。また、彼自身もまた同じように学問優秀にもかかわらず、英語習得に至るまでは自分の望む道につけなかったからです。まさに、彼にとっての【試練】であったといえます。

欧米市民社会を視察して【自主独立:自由・独立】を日本でも実現させよう!と福沢は決意したことでしょう。福沢による【自主独立:自由・独立】を説く、精神的啓蒙は大きな影響を与えてくれたことは確かでしょう。

そして、福沢の説いた「国家の独立は国民の独立より」というフレーズが使われた興味深いエピソードがあります。それは第二次世界大戦終戦近くに米国が空からばら撒いた、日本国民への降伏要求の<ビラ>に記されたメッセージです。

ビラは福沢の顔写真入りで次のような質問をもって訴えかけます。

 「国民の独立を唱えたこの偉大なる福沢のごとき人は、今の日本にはいないのか?」

今から60年前に投げかけられた質問状は、現代にも突きつけられた質問状のように私には感じます。
私が理解するには、【自主独立:自由・独立】精神を根ざすために、確実で最善最強の道は【聖書】を説くことだということです。

【聖書】を通じて【イエスの生涯と教え】に触れて語り合うことこそ【自主独立:自由・独立】精神を学び育てられる<最良の学校>だと私は確信しています!

●自由を得させるためにキリストは私たちを解放して下さったのである(ガラテヤ書5-1)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●主は霊である、主の霊のあるところに自由がある(コリント後書3‐17)

日本国民の中に教会認定の「クリスチャン」が少なく増えないと言われるのも、たとえ「クリスチャン」でも公的には、キリスト信仰についても【主イエス】について積極的に公言(信仰告白)・宣教しないのも一切心配ご無用です!

1000年も経た仏教や神道のように完全に根づいてしまった宗教と異なり、カトリック、正教でも600年もたたず、プロテスタントでも200年足らずの歴史でしかありません。混乱腐敗している今こそが本当の勝負の時です!

特に、【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】は<少数派(少数意見)>であれば、あるほどに、最善発揮する実践的・挑戦的・革新的精神であることを、私たちは【聖書】と<人類の歴史>から充分に理解しています。

●小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる(ルカ伝12-32)
●神は大事を為すにあたって多数の勢力をもってせずして単独の勢力をもってし給うた(内村鑑三
●キリストは少数である。福音は少数の意見である(内村鑑三
●神の声は常に世論に反対す〈内村鑑三
●大いなる事業が完成されるためには、ひとつの精神があれば足りる。千の手を動かすために(ゲーテ
●すべて偉大なことは、小規模に少人数から始まるものだ。あなたはそれを覚悟しなければならない。
 そして子供たちを教育するにも彼等が少数派に属することを平気なように導かねばならない(ヒルティ)
●人数が少ないからといって世界を変える力はないと侮るなかれ。
 世界を変えてきたのはまさしく少数の力なのである(マーガレット・ミード)

【自主独立:自由・独立】精神が根付きにくいのは日本社会が<他人本位>の個人を尊重するからだと思います。

自己の外にある【律法:世間体・武士道・組織の掟】を基準として、親孝行や忠義心・義理人情に生きることを美徳であり理想とする伝統的日本精神と【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】とは本質的に異なると思います。

【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】は<他人本位>ではなく、<【神の愛=主イエス】本位>であると同時に、自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う<自己本位>を尊重する<個人主義>を人生理想とします。

●個人は分かつべからざる者である。個人は人そのままである。神の子、永久の存在者、自由独立不滅の
 固有性を有し、全世界を代価に払うてもあがなうことのできないほど、貴いものである(内村鑑三

従って、常に個人の尊厳である<自由意志と決断>を尊重して、自己責任(説明責任・結果責任)も伴います。
欧米型<個人主義>では、個人が全て判断して責任も取れ!では過酷で冷たい社会だと感じると思います。
福沢の「国民の独立を!」という精神的啓蒙が尊重されても、市民社会として根付きにくかったのは個人主義の過酷さよりも、<他人本位>の義理・人情の方が楽で安心感があって優ったからだともいえるでしょう。

それもそのはずです。<他人本位>の精神土壌に<個人主義>を根付かせようとしても実現困難だからです。もし欧米型の<個人主義>を根付かせたければ、精神土壌を<自己本位>にすることが望ましいと思います。

ところで、ご存知のように<自己本位>だけでは自己保身・利己主義の自分勝手に暴走する危険があります。<自己本位>が爆発せずに留まっているのは【神の愛=主イエス】による<【神の愛】本位>が前提だからです。まさしく、<自己本位>精神は<【神の愛】本位>の【信仰精神】を根底に必要とするのだと私は理解します。

●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、最も多く他を利して最も多く己を利する道を
 我に教えたり(内村鑑三
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い(ヒルティ)

福沢諭吉が目指した精神的啓蒙において、【神の愛=主イエス】を説く意欲と勇気があれば成功したでしょう。
今こそ、同じ失敗をしてはなりません!私たちが【自主独立:自由・独立】で<自己本位>の<個人主義>を目指すためには、先ずは【神の愛=主イエス】を高らかに堂々と確信をもって説きましょう!

●独立を説くなかれ、キリストを説くべし(内村鑑三
●神に使役されんための自由なり。神に面と面を合わして語らんための独立なり(内村鑑三
●キリストによりてのみ真正の自由と独立とあり。そは彼は霊魂の自由を与える者なればなり(内村鑑三

【聖書】を通して【神の愛=主イエス】に触れることで、私たちは本当の自由と独立とは何かを具体的に学べます。
【主イエス】自身が人間として実践して見せた<生き様・死に様>が「私もああなりたい!」と思わせるからです。

●やって見せ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かぬ(山本五十六
●ひとを信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいという願望と気分とを 起こさせるものは、その経験をした人たちの証言である(ヒルティ) 
●W.W.J.D.(What Would Jesus Do?)「主イエス様なら、(こんな時)どうするだろうか?」

【主イエス】は自由意志と決断において<最善の手本>であり、具体的行動規範であり、<人生理想>です!しかも、単なる偉人や聖人君子のような《遠くの存在》ではなく、私たちの心の内に生きている身近な存在です。

【主イエス聖霊】は<いつも一緒!>の<人生の伴侶>となってくれて、【主イエス】の<理想的生き方>を具体的に実践できるように導き育ててくれるのです!ハレルヤ!栄光を主に帰します!

●神にすがる依頼心ありて始めて真個の独立と威厳と自尊はあるなり(内村鑑三
キリスト教は完全なる道徳と同時にこれに達するの途を示しこれを行うの力を供するものである(内村鑑三
キリスト教は理想ではない、事実である。理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三

21世紀は【神の愛=主イエス】に感謝し歓喜して讃美できる【自主独立:自由・独立】が日本にも到来することを信じて楽しみに待ち望んでいます!

先ず私たちから【自主独立:自由・独立】の生き方を目指して、心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】に【ミッション:使命・天職】を発見して【神の愛=主イエス】と共に実現に挑戦しましょう!

●独立とは必ずしも他の援助を絶つ事ではなく、 自己の有する実力を最大活用する事である(内村鑑三
●しいられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく 本心からそれをしなさい(ペテロ第一書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。
  神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)
●恐れるな、私はあなたとともにいる。たじろぐな、私があなたの神だから、私はあなたを強め、あなたを助け、私の義の右手であなたを守る(イザヤ書41-10)

皆さんが、混迷波乱の時代において、世間や周囲に振り回されることなく、真っ直ぐに【ビジョン:理想・夢・志】を目指して、【自主独立:自由・独立】で<新時代>への道を切り拓く活躍をされることを心より応援しています!Good luck & God bless you!

●あなた方は自分の持っている確信を放棄してはいけない。その確信は大きな報いが伴っているのである。神の御旨を行なって約束のものを受けるため、あなた方に必要なものは忍耐である(ヘブル書10‐35~36)
●あなた方はこの世に妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、
 何が神の御旨であるか、何が善あって、神に喜ばれ、かつ全きことであるか、わきまえなさい(ロマ書12‐2)