【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

<我欲>を最善に導く【神の愛】!

【2008年8月9日に作成した<第468回>に加筆】
◇◇<我欲>と共存共栄に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●君自身であれ!そうすれば世界は豊かで美しい!(ヘッセ)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

【神の愛=主イエス】は私たちの<我欲>を完全否定するのでなく、<我欲>をもって
【神の愛=隣人愛】を最善発揮させることこそを喜ばれるのだと実感しています。

<我欲>がなければ、産業革命も電気も自動車も飛行機もパソコンも様々な科学技術も
現代の私たちが享受している<人類の遺産>はこの世に生まれなかったことでしょう。

従って、<我欲>を【心の闇】として否定したり、嫌悪するのではなくて、<我欲>は
【心の光】である【神の愛=隣人愛】を最善発揮させる<原動力>にする事が望ましいと
私は体感しています。

●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、最も多く他を利して最も多く
 己を利する道を我に教えたり(内村鑑三
●エゴを他人のために使え!(曽野綾子

本来は<自己の存在証明>であり、貴重な<原動力>であるはずの<我欲>であるのに
現代日本では<我欲>の使い途を間違ったり<我欲>が暴走しているような社会問題が
多発しているように感じます。

この原因は、日本の各地でクマ被害が多発している事とも共通しているように思えます。

伝統的日本社会では、クマを否定して毛嫌いするのではなく、人間との<共存共栄>を
考えた結果、感動的な<知恵>を発揮させていたようです。

人間が生活する「里山」と、クマや野生動物が生息する「奥山」とを、明確に区別して
「奥山」は人間の勝手都合で立ち入らない<聖地>のように大切に扱ってきたそうです。

そして、「里山」と「奥山」の境界には、柿の木を植えて「里山」側は下草を刈る事で
野生のクマのほうも「里山」に立ち入ることのないように教え示す<知恵>なのです。

クマは柿の実を食べる事で、人間の生活する「里山」に接近することはなかったのです。
クマが食べた柿の実は糞となって「奥山」の中に運び込まれて、天然植林されるのです。

野生のクマを毛嫌いして駆逐するのではなく、柿の木を「里山」の境界に植えることで
敵対関係の野生のクマに食糧を与えてあげて、人間とクマが<共存共栄>しようとする
考え方とは、まさに【神の愛=主イエス】が望み喜ぶ【愛敵精神】そのものですね。

●【愛敵の教え】(内村鑑三
 ~善をもって悪に対するのが悪に戦って勝つことである~
 ◇【怨】に酬ゆるに【徳】をもってし
 ◇【憎】に対するに【愛】をもってし
 ◇【悪】に対するに【善】をもってすること
 ◆我を憎む者を愛し、呪う者を祝し、苦しめる者に幸福の至らんことを祈れ!

ところが特に戦後になって「里山」の境界に植えていた柿の木は伐採されて杉林などに
植え替えられてしまったそうです。クマには人間が勝手に行なった理由がわからずに、
人間が与えてくれるはずの<食べ物>を求めて「里山」に侵入することになりました。

一方で人間の方はというと、クマが好き勝手に「里山」に突然侵入してきたと誤解して
家畜や農作物や人間が被害を受けたことで、すっかり【愛敵精神】までも失せてしまい
人間にとっては<害悪な存在=闇>であり、駆除する決断をすることになったのです。

私たちの<心>にも、<扱い方>によっては<恐るべき宿敵>である<クマ・獅子>が
存在しています。それが勝手に暴走する<我欲:自己愛・自己保身・自己中心>です。

そうです!野生のクマを見事に治めて<共存共栄>してきた伝統的日本の<知恵>が
<心の世界>で<我欲>を見事に治めて<共存共栄>する道に通じると思いませんか?

●怒りを遅くする者は勇士にまさる、自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる
箴言16-32)
●彼(ダビデ)は子山羊と戯れるように、獅子と戯れ、小羊と戯れるように、熊と戯れた
(シラ書〔集会の書〕47-3)

<我欲>を否定し毛嫌いして、ただ強制的・禁欲的に、駆除しようとすればするほどに、
<心の世界>で、<我欲>は野生クマのように、凶悪化して暴走する危険で一杯です。

私たちが【愛敵精神】を実践したければ、先ず<最強の宿敵>である<我欲>に対して
否定や嫌悪するのではなく、【神の愛=隣人愛】で接して<最善の友>を得ましょう!

●心ぞ我の王国なれ(キングスレー)
●己れに与えられしものによって満足する!(内村鑑三
●敵を友となし得る者は有為の人材である(西洋のことわざ)

伝統的日本が野生クマを見事に治めた<知恵>のように、私たちも<我欲>に対して
正当な敬意を払い、無理やり押さえ込むのではなく、【神の愛=隣人愛】の働きで
【ビジョン:理想・夢・志】を実現させるための<原動力>となる【聖欲】にまで
見事に高め成長させましょう!

●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
 聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、
 これに代わるに他を救わんと欲するの【聖欲】をもってせしめて
 社会をその根底より改める (内村鑑三
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い(ヒルティ)

世間体・道徳的・倫理的に見るならば人間失格で<落ちこぼれ>である<我欲>も
【神の愛=主イエス】から観れば、【ミッション:使命・天職】に<召名>される
必要不可欠な【タレント:個性・才能・可能性】であることも発見できます。

●家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。
 これは主のなされたことで、私たちの目には不思議に見える 
 (詩篇118‐22、マタイ伝21‐42、マルコ伝12‐10、ルカ伝20‐17、使徒行伝4‐11、
  エペソ書2‐20、ペテロ第1書2‐7)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、よわき取るに足らざるこの身をもって、
 なおも大望を抱いて、その一部分を遂行しうるにあり(内村鑑三

【神の愛=主イエス】は積極的に<求めよ!捜せ(尋ね)よ!叩けよ!>と命じます。

●求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん
(マタイ伝7-7、ルカ伝11-9)
●誰でも求める者は得て、捜す者は見出し、門をたたく者には開かれる
(マタイ伝7-8、ルカ伝11-10)
●求めよさらば与えられん、そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう
ヨハネ伝16-24)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録(賀川豊彦
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。
 即ち必ず成就すべき事を前もって語に表することである(内村鑑三
●わが祈祷が聴かれないと言う時に、祈祷以上が聴かるるのである。
 祈祷が聴かれないのではない。
 我等が祈求むるところ、思惟うところよりもいたく過(マサ)りて聴かるるのである
内村鑑三

<我欲>を<原動力>にして、広大無辺の<心の世界>を大冒険・大航海することで
自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を満足させ【神の愛=隣人愛】で光り輝く
<人生目的>や<存在意義>を再発見できることは<歓喜!感動!感謝!>です!

★求めよ!    ⇔ 【ビジョン:理想・夢・志】が与えられる!
★捜せ(尋ね)よ! ⇔ 【ミッション:使命・天職】を見出す!
★叩けよ!    ⇔ 【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】で拓かれる!

●我々の力がどんなに小さくとも、また、我々が世界のどの一隅に属していようと、
 我々個人は全人類を理解する意識の力を増大させるよう自分自身に要求する。
タゴール
●【ソローの名言・格言】
★人間の精神世界には、自ら探検していない、幾つもの大陸があり、海がある。
★諸君の内なるすべての新大陸と新世界とのためのコロンブスとなり、
 貿易のではなく、思想の新しい航路を拓きたまえ。
★君の眼を内に向けよ。しからば君の心のなかに、
 まだ発見されなかった一千の地域を見出すであろう。
 そこを旅したまえ。そして、自身の宇宙誌の大家となれ
●心というものは、ときとして知識を超えた高みに上がることがありますが、
 どうしてそこに達したのかを証明することはできません。
 すべての偉大なる発見は、そのような飛躍を経たものです(アインシュタイン

凶悪・凶暴にもなり得る危険な【心の闇】であり<最強の宿敵>である<我欲>を
皆さんが、【神の愛=隣人愛】で接することで、<最善の親友>として受け入れて
【ビジョン:理想・夢・志】や【ミッション:使命・天職】を実現するのためには
<我欲>がすばらしい【同労者・同志】となるまでに導き高めて活躍されることを
心より応援しています!

●天才の秘密は子供の時の精神を大人になっても持ち続けられるということだ。
 つまり、それは自分の情熱を失わないということである(ハックスリー)
●一番大事なことは. 環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、
 どんな 理想を追い求めているかということなのです。
 一言でいえば、その人の人柄の問題なのです(ヘレン・ケラー
●神よ!私がいつも、創造できる以上のことを望むことを、許したまえ!
 (ミケランジェロ) 
●私にとって絵を描くということは、 誠実に生きたいと願う心の祈りであろう。
 謙虚であれ。素朴であれ。独善と偏執を棄てよ、と 心の泉はいう(東山魁夷
●私はこれまで自分の好きなことだけをやってきたし、やはり好きなことに無心に
 打ち込むことが人間がその人本来のよさ、天真を発揮する上で、とても大切な
 ことだと思います(小柴昌俊ノーベル賞受賞物理学者)
●人が自分と一つになり、内において単純になるにつれ、彼はいよいよ苦労なしに多くの
 さらに高いことを悟るようになる(トマス・ア・ケンピス)
●決して自分の夢を人に奪われてはならない。心に描いたものが何であれ自分の心に
 素直に従って生きてほしい(ジャック・キャンフィールド)
●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
 実際に自己の心の中に存することを語る者は、その方法のいかに拙劣なるも、
 必ず彼に聴かんと欲する人あるべし(カーライル)
●運命を決定する神は、我々の内側に居る(ジェームス・アレン)
●プロの作家とは、書くことをやめなかったアマチュアのことである
 (リチャード・バック
●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)


ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)