【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

<O.V.T.>で導く【神の愛】

◇◇<On the Vision Training>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【2009年10月9日に作成した<第502回>に加筆】  

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは!ご愛読に感謝します!

職業訓練の有効手法として【O.J.T.】(On the Job Training)という概念があります。
徒弟制度や研修制度のように具体的実務を遂行できるための事前修養段階はなくて、
先輩上司に指導を受けながら、即戦力として具体的実務を日々経験させることによって
新人の知識・能力を高めて、組織全体の目標達成を実現させる手法です。

同様に【神の愛=主イエス】もまた<On the Vision Training>であると実感します。
幼い頃からいつどこでも【ビジョン:理想・夢念・大志】を心に抱かせる事によって、
私たちを【神の愛の力=隣人愛】に従った【チーム・ワーク&チーム・スピリット】に
結集させて【御心:聖意・聖旨】を実現させるための教育訓練法です。

●神はその恵みを私たちの上に増し加えあふれさせ、あらゆる知恵と悟りとを
 私たちに賜わり、御心の奥義を、自らあらかじめ定められた秘められた計画に従って、
 私たちに示して下さった。それは、時の満ちるに及んで、救いの業が完成される
 御計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、
 ことごとくキリストに帰させ、キリストのもとに一つにまとめられるのである
(エペソ書1-8~10))

心に【ビジョン:理想・夢念・大志】があれば、世間的に非常識でも<無一物>でも、
【ビジョン:理想・夢念・大志】を最善発揮するために<神助:祝福・恩恵>によって
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に導いてくれます!

ただし【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵>は私たちの自己都合・計画に反し、
到底理解できないような【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】で
時には残酷・悲惨に思えるような教育訓練手法である事を覚悟するべきでしょう。

●私の思いは、あなた方の思いと異なり
 私の道は、あなた方の道と異なる
 -主の御告げ-
 天が地よりも高いように
 私の道は、あなた方の道よりも高い
 私の思いは、あなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●我が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●どんな良い事も、最初に一番良い顔をみせはしない(ヒルティ)

たとえば、13年間も病床に仰向けに縛られた三浦綾子さんは代表的事例と言えますが、
身体機能の一部を失ったり、不自由にさせられる受難体験を与えられたことによって
本来の自分らしさで【ビジョン:理想・夢念・大志】や【ミッション:使命・天職】に
活躍している【同労者・同志】が毎日のようにテレビ・ラジオで紹介されています。

●もし、あなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。
 五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ込まれない方があなたにとって益である。
 もし、あなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。
 五体の一部が失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である
 (マタイ伝5‐29~30)

彼らが共通して発言してくれる「試練(受難)を体験して幸福でした!」という告白は、
大きな患難辛苦に直面するほど、自分が信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】が
<本分・本領><最愛の我が子・我が分身>として明確に実感できると言う事ですね。

●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●一切を捨てよ、そうすれば一切を見出す(トマス・ア・ケンピス)

【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱くことで直面する患難辛苦が過酷であるほどに、
私たち各自の<我が道:大義・人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】を
体得できる【試練&召命:オーディション&リハーサル】<ビッグ・チャンス>です!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと
 思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に平安な義の
 実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、
 子として扱っておられるのである。
 いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、他のいかなる道でも
 達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)

貧困格差や失業・景気対策で「生活第一!」を<旗印>で政権交代した日本社会では、
私たちが<【ビジョン:理想・夢念・大志】第一!>で前進し続ける事は困難ですが、
この<逆境>こそが私たちを【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で
<相思相愛の主従関係>を結び【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
勇進することに導いてくれます!ハレルヤ!主の恵みに感謝します!

●戦おう!勝利は勇者のものだ!
 冷たく立ちはだかる逆境と無慈悲な運命の壁を突き崩し、飛翔せよ。
 そして、はるかなる栄光をつかみたまえ。
 群がる犬のような愚者の誹謗(ひぼう)など一笑に付し、決して恐れるな。
 翼を広げ、頂上を目指したまえ。
 コンドルだけが到達できる山頂を!
 あなたの心が抱く理想に命を吹き込み、旅立ちたまえ。
 私は祈る。あなたの船が善なる海風に恵まれるように。
 そして、常に順風満帆の航海であれ!―と(エスピノ
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。
 これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。しかしながら、信ずる者は
 信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三
●信仰は心にひびく神の声に対する信者の応諾である(内村鑑三
●束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ 私は走れるのだ
 涙があるからこそ 私は前に進めるのだ(ガンジーの遺言となった詩)


受難の生涯の三浦綾子さんが「私は神様にえこひいきされている!」と公言したように、
私が【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて連戦連敗であろうとも
世間的負け組みで<無一物で>になろうとも、【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に溢れて【神の愛の力=隣人愛】に光輝き続けるのは
私の最悪の<どん底人生>もまた【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】であり、
<いつも一緒!>の<真理>【神の愛=主イエス】と共に勇進している証明です!

●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
 戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三
●人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごと(御旨)だけが成る
箴言19-21)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
 (スチブソン) 
●あなた方は耐え忍ぶ事によって自分の魂を勝ち取りなさい(ルカ伝21‐19) 

皆さんが心に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を通じて【神の愛=主イエス】の
【神の愛の特訓】【試練&召命:オーディション&リハーサル】を体感する事によって、
<我が道:大義・人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】を発見・体得して
<神助:祝福・恩恵>による【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
<パワー・アップ>させて【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げる
【愛と自由の戦士:救世軍・神の僕・忠義の愛子・光の子】となって勇進される事を
心より応援しています!

●私は私の内に働いておられる方の力により、苦闘しながら努力しているのである
 (コロサイ書1-29)
●神の力強い活動によって働く力が信じる私たちにとっていかに絶大なものであるかを、
 あなた方が知るに至るようにと、祈っている(エペソ書1-19)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるがごとくに全ての事をなすを得るなり
 (ピリピ書4‐13)
●わたしの考えはいつも前進するという事です。もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)
●始めは小なるも可なり。終りの大ならんことを欲す。
 始めは悲しむも可なり。終りに喜ばんことを欲す。
 始めに羞恥あるも可なり。終りに名誉あらんことを欲す。
 始めに家なきも可なり。終りに住みかなきをいとう。
 しかして神はおのれを愛する者を、始めに苦しめたもうといえども、
 終りにには
「笑いをもて彼の口を満たし、喜びを彼のくちびるに置きたまう」(詩篇126-2)べし。
 羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る。
 「義者の道は旭日のごとし。いよいよ輝きを増して昼の正午(まなか)に至る」。
 願わくはわれもその恩恵にあずからんことを(内村鑑三

ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)