【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【進化論】も【神の愛】の仲間!①

◇◇【進化論】は【神の愛=主イエス】回帰への【新たな道】を拓く!(その1)◇◇
【2006年9月11日に作成した<第414回>に加筆】 

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

日本社会は【進化論】が大好きなようです。NHKでは【進化論】啓蒙のTV番組を絶えず放映しつづけています。
以前の私は【進化論】とは、【神の愛】による【天地創造説】とは、完全な<敵対関係>としてみなしていました。しかし、現在の私の考えは変わりました。【進化論】こそ<反キリスト勢力>・無神論者・多神教の人々に向けての【神の愛=主イエス】を知るた【道】に通じる【福音】となると思えるからです!

たとえば、アレキサンダー大王が広範囲に侵略行為をおこなって、ギリシャ語を当時の<公用語>にしてくれたおかげで、さらに、その後のローマ帝国が、インフラ整備としてローマに通じる真っ直ぐで安全な道路を開通してくれていたおかげで、パウロが異教徒に向けて【福音】の世界伝道を実行する時に、速やかに確実に伝えることができたと聞いた事があります。

中国大陸では数百年間、現代でも欧米の数多くの宣教団体が【福音伝道】に挑み続けているようです。そして、現在では中華人民共和国共産党員数よりも、クリスチャン人口の方が多いとも言われています。

宣教当初は儒教や仏教が壁であり、ある団体は「仏壇が家庭から無くなりますように!」と真面目に祈り続けたそうです。祈っている多くの者でも、具体的にどんな方法で、仏壇が家庭から一気に取り除かれるかは想像できなかったかもしれません。

しかし、【神の愛=主イエス】は驚くべき手段で実現させたのです!ご存知のように、共産主義政権が誕生することによって、共産主義思想教育と共に、仏壇が家庭から見事に排除されたそうです。驚くべき【神の愛=主イエス】の御業の計らいです!

●神は驚くべき御声をとどろかせ、私たちの知りえない大きな業を成し遂げられる(ヨブ記37-5)
●私の思いは、あなた方の思いと異なり
 私の道は、あなた方の道と異なる
 主の御告げ
 天が地よりも高いように
 私の道は、あなた方の道よりも高い
 私の思いは、あなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●はっきり言っておく。私を信じる者は、また私がしている業を行なうであろう。そればかりか、もっと大きな業を行なうようになる。私が父のもとに行くからである。私の名によって願うことは何でもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。何事でも私の名によって願うならば、私がそれをかなえてあげよう(ヨハネ伝14-12~14)

つまり、【神の愛=主イエス】の存在を知らしめる【福音伝道】においては、当初<敵対勢力>と思われていたものこそが、実は最も有効に働いてくれることを私たちは歴史的事実によって理解できます。

そのように考えるならば、初めは<敵対勢力>や<最悪>と思われる状況にあることこそ、宿敵パウロの回心のように、共産主義思想も【心理学】や【進化論】も全ては、最後には【神の愛=主イエス】回帰に通じる≪最善の道≫です!

●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三
●The Best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>(ブラウニング)
●【最善の最後(内村鑑三)】
 信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
 終わりに近づくほど、ますます善くある。
 最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●敵がなければ、勇士も生まれない。宇宙が光を放つものだったら、太陽はおよそ退屈なものになるであろう(エマーソン)
●私どもが屈服しさえしなければ害悪はみな恩人である(エマーソン)

東方正教カトリック各派は、基本的に祭司も修道士も独身を通することで、【神の愛=主イエス】への<節制・忠誠>を生涯の献身によって示しているのだと思います。

カトリック教会組織が【マリア信心】を確信できるのは、<肉の家族>と自ら縁を切ったからこそ、見出せる<境地>です。
もし、聖職者が肉の家族を持ち、妻帯者だらけであったら、今のような強健な【マリア信心】は起こらなかったに違いありません。

一方で、プロテスタン教会組織は、勤労・奉仕を尊ぶのは、<肉の家族>を選んだゆえに起きる<肉欲>や<生活苦>に打ち勝つためにと、<行為義認>の戒律遵守というよりも、<信仰義認>の価値観を築いてきたのではないでしょうか。

単に善悪や優劣を競うのではなく、私たちの<立場>によって、【神の愛】は<相応の姿>で現れてくれる証明だと思います。

●あなたは、恵み深い者には、恵み深く、忠実な者には、忠実にあられ、全き者には、全くあられ、無垢な者には無垢に、清い者には、清くふるまい、心の曲がった者には、策略を用いられ、ねじ曲げる方となられる(サムエル後書22-26~27)

そして、【進化論】の立場をとれば、それに応じて【神の愛=主イエス】もまた【新たな道】を示しているのだと私は理解します。

【神の愛=主イエス】から観て、【進化論】の素晴らしさとは、現在の境遇における<現実的不可能>に降参しないことです。つまり、アメーバが人類にまで到達できたのも、魚が海を脱出して陸上に進出したり、地上から空を飛べるようになったのも、何千年、何億年もかけて、進化したのだという理論には、驚くべき<不屈の楽天主義>を何万世代も継承し続けるだけの強健で壮大な【ビジョン:理想・夢・志】が不可欠といえるでしょう。

現実直視ではなく、崇高なる【ビジョン:理想・夢・志】を直視したからこそ、未実現の不可能を堅く信じて望み続けたからこそ可能になったとしたら、これこそ【キリスト信仰】そのものではありませんか!

●信仰とは望んでいる事柄を確信し、まだ見ていない事実を確認することである(ヘブル書11‐1)
●信仰と希望(内村鑑三:ヘブル書11-1)

 既に見るところのものは、これを望むの要なし
 解し得ることを信ずるは知識にして信仰にあらず

 信仰の貴きは解し得ざることを信じ、
 理由なくしてでなく愛のゆえに信ずること
 愛の示すところの事を解し得ざる事にこれを信ずる

 有限の我等が無限の神に対して幼心を抱くにいたって救われる
 すなわち、幼子となりて救われる
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
 しかしながら、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三
●失望は不信なり、信仰は無限の希望を意味す(内村鑑三

私たちも現実的不可能と思われるような【ビジョン:理想・夢・志】でも、実現を確信して、心から望み、活き活きと高らかに≪超歓喜!超感動!超感謝!の大讃美!大絶賛!大称賛!≫によって【礼拝:讃美と祈りと感謝】し続けましょう!

キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三

カトリック聖職者たちは、節制と忠誠の中で、【マリア信心】を支えとしたように、【進化論】者たちもまた心の支えが必要です。
【進化論】【唯物論】【無神論】【共産主義】にとって、<心の支え>は<【ビジョン:理想・夢・志】信仰>であると理解します。

そうです!まさに私の提唱する【エゴ:自己愛】を最善発揮する<【ビジョン:理想・夢・志】信仰>に通じると実感できます!

●エゴを他人の為に使え!(曽野綾子
●君自身であれ!そうすれば世界は豊かで美しい!(ヘッセ)
●立ち上がれ、青年たちよ!
 思索せよ、青年たちよ!
 時を空しく過ごすなかれ!
 目を開け!
 大地を踏みしめ、未来へ進め!
 歯を食いしばり、前進せよ!
 まだ手を差し伸べられていない苦悩の民衆のために
 道を示し
 その智慧を引き出せ!
 明るい微笑みで、心をはずませ
 歓喜に魂を燃やしゆけ!
キルギスの詩人チニスタノフ)
(解説)独裁者スターリン支配下にあって、恐れなく正義を叫び、戦い、三十七歳で殉じていった。キルギスの十ソム紙幣に
     肖像が印刷されている)
●友よ 太陽に向かって努力せよ!
 人類の救済が 熟する日も近い
 さえぎる木の葉や枝が なんだ
 太陽のもとまで 突き進め!(ヒッピル)

【自己本位】の【進化論】【唯物論】【無神論】は、必ずや【神の愛=主イエス】に通じる道を歩んでいると確信しています!
【神の愛=主イエス】とは<敵対関係>に思われる【進化論】【唯物論】【無神論】でも【エゴ・自己愛】を徹底するならば、日々の【ビジョン:理想・夢・志】重視によって、直面する患難辛苦の孤独の中で、【神の愛=主イエス】を見出せるでしょう。

●毎日毎日が、両手に余るほどの可能性を引き連れて私のもとを訪れます(ヘレン・ケラー
●私たちができる限りの努力をするとき、
 私たちの人生にどんな奇跡が起こるでしょうか。
 また他の方々の人生にどんな奇跡が起こるでしょうか(ヘレン・ケラー

ただ理論だけ受け入れ現実生活で【ビジョン:理想・夢・志】直視が伴わない中途半端な【進化論】こそが有害無益なことは表面だけで実践が伴わない「クリスチャン(教会信者)」にも共通すると私には思えます。

私たちの信愛する【神の愛=主イエス】は全人類を救済するためには、惜しむことなく、あらゆる手段をもって導いているのです。
キリスト教会的信仰」では救済できない人々のために、【エゴ:自己愛・我欲】が強い者には、最善最強の【エゴ】の立場として【神の愛=主イエス】が形を変えて姿を現してくれたのが、もしかしたら【進化論】かもしれません。

まさにパウロが実践したように、この世の万事万物において【真・善・美】なるものは尊重し大切に吸収しようではありませんか!

●私は、誰に対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。
 ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。
 律法に支配されている人に対しては、私自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。
 また、私は神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。 律法を持たない人を得るためです。
 弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。
 すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。
 福音のためなら、私はどんなことでもします。それは、私が福音に共にあずかる者となるためです(コリント前書9-19~23)
●【どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power(内村鑑三)】
  ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こ と ⇔【宗教的真理】
  ★すべて純真(清潔)なこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること    ⇔【道徳的善行】
  ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
  称賛に値する(耳に善き響きある)もの                    ⇔【審美的美事】
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)(ピリピ書4-8)


★★【その2】につづく★★