◇◇ 投票箱より正義は生まれず(カーライル)(その1)◇◇
【2001年7月31日に作成した<第166回>に加筆】
【この世の勢力:富・権威・名声】から【福音の勢力】へ
●神の声は常に世論に反対す(内村鑑三)
神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。
【聖書】に示される【福音:イエスの生涯と教え】である【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】とは「机上の空論」の学術書や読んで満足する経典や空想物語ではなくて【神の愛のパワー】です!
●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1-18)
●神の国は言葉でなく力である(コリント前書4‐20)
自分自身の日常生活の具体的行動規範となり、私もやるぞ!と実践することに駆り立てさせる
【ダイナミック・パワー:信じる力・望む力・愛する力】と【バイタリティ:生活力=生命力+活力】とが【フロンティア精神:★チャレンジ精神★ポジティブ/プラス思考★オープン・マインド】を養います。
●語るための真理にあらず、信じて行うための真理なり(内村鑑三)
【福音】や【キリスト精神】は人生目的であると同時に社会の理想であり政治の目的でもあると思います。
●キリストが心にかけた事は民衆自身の事と一致する(クロムウエル)
●政治の目的は善を為すに易くして悪を為すに難い社会を作るにある(英国政治家グラッドストーン)
さて、現代日本の政治はどうでしょうか。経済力の復興を目指し、国防力を重視して、いまだに
【この世の勢力:富・権威・名声】でもって社会改革・政治改革を目指しているようです。
【神の愛の力】である【福音の勢力】の社会・政治改善への有効性や意義など語られる事はありません。
私は21世紀の世界はいよいよ【福音の勢力】によって世界平和を実現させる時代だと期待しています。
●【福音の勢力】(内村鑑三)
福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●【キリスト教の真意(内村鑑三)】
活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
これキリスト教の真実となす。
-天体に神の栄光を探る
-地層に神の御手の工(ワザ)を求む
-詩歌に神の無限の愛をたたえる
-美術に神の美妙の理想を現わす
-農は神と共に神の地を耕すこと
-工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
-商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
これだけ【福音の勢力】は有効だとわかっていても、どの分野でも話題にも挙がらず、政策や選挙の
公約にも挙がりませんね。しかし、【神の愛=主イエス】に信頼する私たちは、心配ご無用です!
【福音の勢力】とは、いつの時代も、どんな社会でも、≪少数派(少数意見)≫こそ有力だからです。
●キリストは少数である。福音は少数の意見である(内村鑑三)
●大いなる事業が完成されるためには、ひとつの精神があれば足りる。千の手を動かすために(ゲーテ)
●すべて偉大なことは、小規模に少人数から始まるものだ。あなたはそれを覚悟しなければならない。
そして子供たちを教育するにも彼等が少数派に属することを平気なように導かねばならない(ヒルティ)
●人数が少ないからといって世界を変える力はないと侮るなかれ。世界を変えてきたのはまさしく
少数の力なのである(マーガレット・ミード)
そして、教会権威のように、強大化して多数派になった時は、堕落崩壊して有害無益になったことを
私たちは歴史において学んできました。
さらに、【福音の勢力】は、世間・大衆から大事に崇められるよりも、弾圧・迫害など逆風にさらされた方がかえって、光り輝き成長し続けることもよく知っています。
●束縛があるからこそ
私は飛べるのだ
悲しみがあるからこそ
高く舞い上がれるのだ
逆境があるからこそ
私は走れるのだ
涙があるからこそ
私は前に進めるのだ(マハトマ・ガンジーの遺言となった詩)
従って、現代日本における【福音の勢力】の立場は効力を最善発揮させるには≪ビッグ・チャンス≫です!
【神の愛=主イエス】は最善の時に応じて【福音の勢力】を発揮させて、【同労者】を召集させるはずです。
●私の思いは、あなた方の思いと異なり
私の道は、あなた方の道と異なる
主の御告げ
「天が地よりも高いように
私の道は、あなた方の道よりも高い
私の思いは、あなた方の思いよりも高い」(イザヤ書55-8~9)
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
殺すのに時があり、癒すのに時がある。
崩すのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
【この世の勢力:富・権威・名声】は選挙で決めることを好みますが、【福音の勢力】は【神の愛=主イエス】の奥義である<秘められた計画>に従うことを愛します!【神の愛=主イエス】の選考・召命に準備しましょう!
●神はその恵みを私たちの上に増し加えあふれさせ、あらゆる知恵と悟りとを私たちに賜わり、御心の奥義を、自らあらかじめ定められた秘められた計画に従って、私たちに示して下さった。
それは、時の満ちるに及んで、救いの業が完成される御計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、ことごとくキリストに帰させ、キリストのもとに一つにまとめられるのである(エペソ書1-8~10))
【福音の勢力】を最善発揮させるには、個人個人がそれぞれの社会的立場で【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮して、【神の愛=隣人愛】の<心を一つ思いを一つ>の【チーム・スピリット&チーム・ワーク】が必要です。
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
【福音の勢力】は≪有名無力・無名有力≫の《ライトスタッフ(適任者)》に【神の愛の光】を当てて導いてくれます。つまり、今までの表舞台で活躍している人々とは異なって、【この世の勢力:富・権威・名声】と無関係であっても【神の愛=隣人愛》に従った動機や【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に忠実な人こそが【神の愛=主イエス】から選任されるといえるでしょう。
●あなた方が私(主)を選んだのではない。私があなた方を選んだのである(ヨハネ伝15-16)
●人は表面のことを見るが、神は心中を見られる。人は行ないを考察するが、神は意図をおもんばかられる(トマス・ア・ケンピス)
●最善の労働者とは最も多くの仕事をする者でなくして最も貴重な動機をもって仕事をする者である
(二宮尊徳:内村鑑三の言葉より)
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
まさに【神の愛=主イエス】から見て、「ホンモノ」が活躍できる《個人の時代》が到来したと私は期待しています!
どんな強い信念や野心や出世意欲よりも、【神の愛=主イエス】が喜ばれるのは、誰の≪幼な心≫にも豊かにあった《愛好精神》からの好奇心・探究心であり、【福音の勢力】は自由な心、≪幼な心≫をパワー・アップしてくれます。
●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、幼な子らしい事を捨て去った(コリント前書13-11)
●有限の我等が無限の神に対して幼な心を懐くにいたって救われる。すなわち、幼な子となりて救われる(内村鑑三)
たとえ【この世の勢力:富・権威・名声】から認められた特権や資格がなくても、経験や実績がなくても、大丈夫です。
【神の愛=主イエス】が託す<恵みの特権>である【ミッション:使命・天職】に【福音の勢力】でパワー・アップされると人間業では実現困難な、不可能を可能にする驚くべき素晴らしい【神の愛の奇蹟》が起こることを楽しみにしましょう!
●信仰に愛がなければ無に等しく無益である(コリント前書13-1~3)
●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです(アインシュタイン)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
●完全なる職業とは他人を喜ばして我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
★★【その2】につづく★★