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使命・天職の発見

◇◇使命・天職の発見◇◇【2001年5月9日に作成した<第125回>】
テレビ朝日2001年5月8日ニュース・ステーションの特集を観て

●偉大なことを成し遂げるのは、それ以外に為す事のできない人のみである
 (ヒルティ)
●人の最大発見物は天職なり、これを知らずして彼の生涯は無意味なり(内村鑑三

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

テレビ朝日ニュース・ステーションの特集で名古屋拘置所の死刑囚と被害者家族に
起こった【神の奇蹟】を初めて知り感動しました。既にご存知の方はご容赦下さい。

名古屋で運送会社を経営する原田さんの弟は、15年くらい前に、運送の仕事中に、
長谷川氏によって撲殺された後に交通事故死に見せかけられて保険金殺人の犠牲と
なります。長谷川氏はギャンブルにのめりこんで暴力団と関わり借金返済のために
殺人を計画したのです。

原田さんは当初は憎しみと怒りでいっぱいであり当然ながら極刑を望んでいました。
そして一審判決は死刑が判決されます。当時のメディアは今以上に被害者遺族への
配慮が欠けており、報道陣におしかけられる毎日に耐えられずに、飲めない酒まで
手を出すようになり、原田さん自身の生活が荒れて行きます。原田さんには自分の
苦しみを打ち明けて相談できる【信頼の人】がいなかったからです。

そんな危険などん底状態にある原田さんを救ったのは、何と原因を作った張本人でも
ある長谷川死刑囚でした!!

死刑判決後、拘置所の長谷川死刑囚からは原田さんの所に手紙がたびたび届くように
なっていました。初めの頃は封も開けず放っておいたのですが、ある時手紙を読むと、
そこには悔い改めの謝罪と遺族への祈りの言葉がひたすら書かれていました。
苦しみにある原田さんは、長谷川死刑囚自身もまた後悔の苦しみにある事を知ります。

長谷川死刑囚の心には明らかな変化が見られました。そのきっかけは国選弁護人である
青木牧師が手渡した【聖書】によるキリスト信仰への導きだったそうです。
長谷川死刑囚は洗礼を受けてクリスチャンとなります。

原田さんは長谷川死刑囚からの手紙やボールペン書きの几帳面な絵画のプレゼントに
救われたのです。原田さん自身は語ります。
「決して彼の犯した罪を赦しも忘れもしない。しかし彼の悔い改めに懸命な心はわかる」

原田さんは面会を望むようになります。拘置所の規則では死刑が最終確定するまでは
手紙のやり取りも家族以外の人との面会も許されていたからです。

原田さんは10年ぶりに再会します。その時、長谷川死刑囚は大変喜んだそうです。
お互いにその後も交流が続く事になります。そして、原田さんは彼を死刑にする事が
無意味な事だと信じるようになります。死刑にする事では誰も救われないからです。

そんな時に長谷川死刑囚に【試練】が訪れます。彼には妻と二人の子供がいました。
いつも家族のことを心配していましたが、長男が20歳で自殺してしまいます。
この時に初めて、突然家族を失う悲しみの実際を自覚するのです。それまでに考えて
いた以上に愛する者を亡くすことの辛さ悲しみを身を知ることになります。

彼はここに初めて神の意志と計画である【使命・天職】を発見したのだと思います。
愛を失う事の悲しみと恐れと、神を愛し信じることの大切さを福音伝道しなくては
ならないことをです。

彼の死刑は確定します。そのため、現在では原田さんとの面会も手紙のやり取りも
一切禁じられることになります。弁護人と家族以外は接触を禁じられているからです。

原田さんは死刑廃止運動に積極的に参加するようになります。被害者と死刑囚との
交流の必要性をも説いてまわります。まさに原田さんにとっての【使命・天職】が
「弟の死」という辛い【試練:神の導き】によって発見されたのだと信じます。
彼は長谷川死刑囚の執行停止処分の上申書を当時の高村法務大臣向けに提出します。
被害者の遺族自らが直接に大臣に会ってお願いすることなどは彼がはじめてだった
と思います。

彼独りの初めての一歩が日本に【死刑廃止】が実現される平和へのチャレンジであり
彼でなくては実現できなかった勇敢なる正義と愛を示す【使命・天職】であります。

長谷川死刑囚、また殺害された弟、自殺した長男、そして原田さんを中心にして
関係した家族・人々の全ての何かしらの自己犠牲によって与えられた、そしてもし
彼等のたった一人でも欠けていれば恐らく実現しなかった【神の奇蹟】だからこそ
全ての人々にとっては【使命・天職】であったと私は信じるのです。

●人もしキリストに在らば新たに造られる者なり。古きは既に過ぎ去り、
 視よ新しくなりたり(コリント後書5-17~18)


もう一つ感動的な話があります。それはNHKで先日放映された番組中のエピソード
です。名曲「赤とんぼ」の作詞家の故郷で見える「夕やけ」の景色はとても美しく
地元の人々にも愛されています。その町に住むある独りのカメラマンがいます。

彼には身近過ぎてその美しさえも気づいていなかったのに、15年前のある日、ふと
目にした時に、彼はその日の「夕やけ」のあまりの美しさにつかまってしまうのです。
それ以来ずっと15年間毎日「夕やけ」を撮り続けるようになるのです。

そのことが、最近のある出来事によって彼自身の【使命・天職】であったことを知る
ようになります。それは、彼が心から愛する「夕やけ」の風景写真の個展を開いた時に
起きた【神の奇蹟】といえます。

自分が感動し愛する「夕やけ」をなるべく多くの人と共有して分かち合いたかったから
個展を開いたのでしょう、その来訪者に独りの女性がいました。彼女はお礼を言います。
「今日は二人で素晴らしい『夕やけ』の風景写真を見させてもらいありがとうございます」

彼には一人にしか見えなかったのですが、実は彼女には15年前に中学生で亡くなった、
娘がいたのです。娘の写真とともに来ていたのです。娘はその町の「夕やけ」をとても
愛していたそうです。入院した病院で最後を迎える時までも話していたそうです。

「退院したら、またあの『夕やけ』を見に行くんだ」

彼女は母親をそして自らをも励ますように、そして「夕やけ」との再会を楽しみにして
いたのだそうです。それは「娘の遺志」でもあったのです。

写真家はいつのまにか供養のようにして、毎日の「夕やけ」を撮らされ続けていたのかも
しれません。まさに神が与えた彼にしかできなかった【使命・天職】であると信じます。

私たちが【使命・天職】を発見するために、自分の方から【青い鳥】を探すかのように
何も遠くの見果てぬ夢だけを追い求める必要はないのです。もしかしたら、もう既に
あなたの【目前の義務】を行う事にこそ示されていることだってあるからです。

ただ一つだけ言えることは、私たち各自には間違いなく特別で固有な【使命・天職】が
あると言う事を信じて望みを絶対に捨てない【ネバーギブアップ】を忘れない事です。

●我等に必要なものは必ず与えらるべし。
 しかも前もって与えれられず、必要の時に与えらるべし。
 ゆえに我等は要なき物を要なき時に祈求(モト)めて
 主たる我等の神を試むべからず。
 (内村鑑三:マタイ伝4-7詩篇46-1)


それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

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