【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【神の愛】を計測できる羅針盤!

◇◇【聖書】⇔【神の愛】を正確に計測できる羅針盤!◇◇
【2005年7月26日に作成した<第382回>より】

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

最近のTV報道によれば、フランス語の「数の数え方」が解りにくく不便であるということが話題になっています。
私のわずかな海外生活経験ですが米国の数量を計測する基本単位もまた、日本に比べれば不便でした。

距離・速度 1インチ=2.54cm
        1フィート=12インチ=30.48cm
1ヤード = 3フィート=0.9144m
        1マイル =1760ヤード 1.6093km

面積     1スクエア・フィート = 0.93? 
        1スクエア・ヤード = 9スクエア・フィート = 0.8361?
        1エイカー = 4046.86?    

重量     1オンス(oz) = 437.35グレインズ= 28.35g
        1パウンド(b) = 16オンス(oz)  = 0.4536kg

ガソリン    1ガロン = 3.7853リットル

温度     水の氷点 = 華氏32度 = 摂氏0度
        水の沸点 = 華氏212度 =摂氏100度       
        
         華氏 = 摂氏度数 × 9/5 + 32
         摂氏 = (華氏度数-32) × 5/9

日本では、基本単位が距離、長さ、サイズ、重量、温度でも、とても解りやすく、細かく、よくできていると思います。
一方で米国は単位に12進法や16進法が出てきたり、日常で使われる最小単位があまりにもアバウトで大きい事に
驚きました!

たとえば「長さ」を話題にする時に日本の1mm、1cm単位で考える常識が、米国では1インチ(2.5センチ)でも
通用する世界なののですから、これでよく不自由しないものだと感心するばかりでした。

日本人より体格自体が横にも縦にも大きいので、道路は広く建物は大きく天井も高く、食べ物も飲み物も普通が
日本人にはビッグ・サイズになり、サイズの計測基準もまた、日本人よりもビッグ・スケールであるのかもしれません。

日本人は細かい計測基準を常識にしているので、きめ細かく几帳面で、何でも分刻み、ミリ刻みに正確に設計でき
計画を立て実行することを得意とするのかもしれません。

一方で、計測基準が大まかで不便ならば、現実生活での些細なことに気を使わないで、過剰すぎる完ぺき主義にも
陥らないですむという利点があるのではないでしょうか。

以前にも話題にしたように、米国社会が理想へのチャレンジがしやすくて、超現実的な発想・アイデアが豊かなのには、
現実世界の計測基準がアバウトであることが、功を奏しているのだと思えるのです。

●たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい(ヒルティ)

しかし、米国社会のように【ビジョン:理想・夢・志】を大切にできるためには、何よりも、【神の愛】の計測基準である【羅針盤】が
不可欠だと思います。それはご存知の【聖書】そのものです!

ご存知のように、日本社会では【神の愛】を確認し実感できる計測基準となる【羅針盤=聖書】があまり大切にされていません。
米国では、【God】が至る所に掲げられ、たとえば裁判所の壁にも「In God We Trust」と明記されていたり、聖書を片手に
宣誓したすることは映画やTVで見受けます。

日本でも地鎮祭や季節ごとの祭事が盛んです。神道や仏教や儒教的思想から由来した祭事なのでしょうが、その起源や理由を
知る「計測基準」は実にあいまいでアバウトです。現実世界を計測するには正確を誇る日本社会でも、見えざる【神の愛の世界】を
計測するには欧米ほど正確ではないことを自覚するべきでしょう。

勤勉・几帳面で完ぺき主義を誇りとする私たち日本人が陥りがちなことについて【聖書:イエスの言葉】は明確に示してくれています
それは、皆さんもご存知だと思いますが、「マルタとマリア(ルカ伝10‐38~42)」の記述です。

姉マルタと妹マリアの家庭に【主イエス】が訪問した時に、真面目なマルタは、おもてなしのためにと、せわしく立ち回り働きずめです。
一方で、妹マリアは、【主イエス】の足元に座って、大切な【御言葉】に聞き入っていたのです。

姉マルタは自分だけが働いていることに納得が行かず、多忙で心を見失い、ついに【主イエス】に直訴する行動までも起すのです。

●マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。
 「主よ、わたしの妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」
 (ルカ伝10-39)

これこそ私たち日本人の象徴マルタです!多忙なあまりに心失い、単なる「手段」を「目的」として暴走してしまう危険性だと思います。
几帳面で真面目な他人本位な人々に向けて、【主イエス】は「【神の愛】に応じる態度」について優しく明確に説明してくれています。

●主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
  しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカ伝10-41~42)

妹マリアは【自己本位・エゴイスト】の象徴です。妹マリアこそ【自己中心】の私自身にとっては、私の代表です!私の憧れ・理想です!

現実がよく見える姉マルタだからこそ陥ってしまった「現実問題」を後回しにして、先ずは、マリアのように【主イエス=神の愛】近づき、
ただ注目して【御言葉】に耳を傾ける態度こそが「唯一つの必要なこと」であり、その【御言葉】中には【ビジョン:理想・夢・志】をも
含まれるのだと思います。

妹マリアは、ただ【御言葉】【ビジョン:理想・夢・志】を直視するだけで終わったのでしょうか?違いました!名誉ある地位を得るのです!
マリアは勇気ある行動の人でした。いつも【御言葉】直視していたからこそ、マリアでなければ、誰も出来ないことを成し遂げるのです!

「ベタニヤで香油を注がれる」(マタイ伝26-6~13、マルコ伝14-3~9、ルカ伝7-36~50、ヨハネ伝12-1~8)行為です。

【主イエス】は毎日朝から夕刻まで多くの人々を癒し救い福音宣教していました。聖書の記事では、夕食と宿泊のために立ち寄った、
マルタとマリアの家で起こった出来事です。

一日中歩き回り、【主イエス】は砂まみれで足も泥だらけであった事でしょう。誰もが【主イエス】に救いと教えを求めることはしますが、
誰よりも一番疲れている【主イエス】の事を、いたわり慰めて、疲れを癒そうなど、いつも一緒に活動していた12弟子たちでさえも全く
気づきませんでした。

そんな【主イエス】を憐れんで、当時身分が低く扱われていた女性の中、たった独りだけが【主イエス】の足を自らの涙と髪で洗い上げ、
高価な香油によって体を清めたのです。

12弟子の多くは、【主イエス】に選ばれた弟子でもない、身分の低い女性の分際で、しかも高価な香油ならば、貧しい人々のために
役立てるべきで、【主イエス】のために使うのは、まるで無駄使いをしているかのように、女性を責めようとまでします。

【主イエス】はこの女性の態度こそ世界中で主の福音と共に永遠に語り継がれる記念すべきことであると賞賛します!

●全世界のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所ではこの女のした事も記念として語られるであろう(マタイ伝26‐13、マルコ伝14‐9)

妹マリアは怠け者でも単なる空想家でもありません。本当に為すべきことならば、世間的常識や批判攻撃を恐れることなく決行できる
【自由と愛の勇者】です!

現実生活では、【ビジョン:理想・夢・志】を追い求める時に、様々な世間的常識・身内の反対に自分から降伏しがちです。
そんな時には、世界の歴史の【偉人の言葉】に耳を傾けましょう。何よりも【主イエスの御言葉】に慰め励ましを求めましょう!

●速やかならんと欲すれば、すなわち達せず。小利を見れば、すなわち大事成らず(孔子
●急がず、休まず、静かに天の命を待て(ゲーテ
●兄弟よ、善を行ない倦むことなかれ(テサロニケ後書3‐13)
●元気を失うな、勇敢な人であれ、慰めはしかるべき時に必ず来るであろう(ヒルティ)
●善行は他人を救うためにのみ必要ならず、自己を潔むるために、また必要なり。自己に勝つの法は人を助くるにあり。
 救済に自他の差別あるなし(内村鑑三
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる(トマス・ア・ケンピス)
●意図には素直さを保ち、愛情には清らかさを保つべきである(トインビー)

●真っ先に人間に慰めを求めないで、神にそれを求めなければならない(ヒルティ)
●何をするにも人に対してではなく、主に対してするように心から働きなさい(コロサイ書3‐23)
●人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、おのれを尽くし人をとがめず、我が誠の足らざるを尋ぬべし(西郷隆盛

私たちもマリアの決断と実行を見習って、そのためには【聖書・御言葉】【ビジョン:理想・夢・志】を直視して常に最優先できるように
準備しておきましょう!私だからこそできる!私のための【出番・チャンス】は、時の応じて必ずやってっ来るからです!

●人間の無私の献身によって隣人たちの幸福を生み出したり、それを固めたり、または増進したりするためにはたらく時、初めて
 真の人間、つまり神の似姿になり始める。ただ自分のために存在するならば、人間とはいったい何であろうか(ヒルシェ)
●先ず最初に一切を理解して、その後にそれに従って初めて実行しようという人は、結局、始めないことになる(ヒルティ)

そして、【神の愛】を確認できる最善の【羅針盤】である【聖書・御言葉】を見聞きする時は素直な【幼な心】で向き合いましょう!
マリアが恐れることなく、進んで喜んで、【御言葉】【ビジョン:理想・夢・志】と共にいたように、私たちも世間を気にせず心がけましょう!

●幼な子をそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのを止めてはならない。天国はこのような者の国である(マタイ伝19~14)
●有限の我等が無限の神に対して幼な心を懐くにいたって救われる。すなわち、幼な子となりて救われる(内村鑑三
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、
 幼な子らしい事を捨て去った(コリント前書13-11)
●天国とはそのような者(幼な子)の国である。幼な子のように神の国を受入れる人でなければ、決してそこに入いることはできない(マタイ伝19-14、マルコ伝10-13~16、ルカ伝18-15~17)

皆さんが【ビジョン:理想・夢・志】を通じて、最善の【羅針盤】である【聖書】を通じて、日々新たに【神の愛】を明確に実感体得して【香油のマリア】のように活躍されることを心より応援しています!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!