皆さんこんにちは!
私は東京の中野に【チャレンジ・フォーラム】という【キリスト精神】啓蒙施設を運営しながら、個人的【福音伝道】事業を行っています。
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【2001年1月17日に作成した<第56号>より】
◇◇ 可能性を捜し見出せる精神と報道の自由を求める精神 ◇◇
2001年1月16日の朝日新聞朝刊37面のコラム記事より
皆さんこんにちは。そしてご愛読に感謝します。
新聞紙面に二つのコラムが並んで掲載されていました。
◆一つは日本での「放送への介入制度化反対」の記事です。
自民党による「青少年社会環境対策基本法案」成立に反対する
主要TV局のテレビキャスター六名がそろって記者会見した
内容で、テレビでも報道されました。
「公権力の放送番組への介入を制度化することにより、テレビに
課せられた公権力を監視するという使命を危うくするから」
と言うのが報道の自由を守るための理由のようです。
しかし、法案自体は青少年の暴力的行為や不良行為を誘発する
恐れがあるあらゆる商品やサービスを首相や知事が認定し、
事業者を指導、勧告、公表できる内容にすぎません。
放送局のホンネは番組スポナンサーの立場を擁護しているように
しか思えません。
放送の使命が公権力の監視であるならば、それよりも報道番組が
バラエティ化して、完全な横並び報道、官僚・行政中心の情報を
提供しているだけの現状の番組作りの方が、よほど危険であると
思えます。
【キリスト精神】による【自由】の定義を内村鑑三は判りやすく
示してくれます。
●真の自由とは何でも為し得る状態または能力ではなく、
ある事を為さないで、ある他のことを為す能力である。
⇔ 善悪を判断して悪を避けて善を行う能力
●真の自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である
●I can do that which is right.
(我は正しき事を為し能う)
◆二つ目はイスラエルで行われた【ウルフ賞の表彰】の記事です。
ウルフ賞はウルフ財団がノーベル賞の先駆けの一つとして目される
社会的立場で表彰する賞である事を私は今日はじめて知りました。
そして、2001年のウルフ賞化学部門に、共同研究の一人として
名古屋大学の野依教授が選ばれたそうです。
ここにも、ユダヤ民族精神の特性がよく示されています。
あの少数民族で小さな国家が、世界の遺産やすぐれたタレントの光を
探し出し、可能性を最大評価できる精神には敬服するばかりです。
例えば、あの松下電器産業がハリウッドMCA(ユニバーサル映画)を
バブルの好景気に買収した事があります。しかし、バブル崩壊と共に
やがて売却します。
それを買収して再建させ成長させたのはシーグラム社でユダヤ資本でした。
シーグラム社は酒造メーカーでありながらも、フィリップス社の傘下で
あったアナログなオーディオメーカーをも買収してその維持存続のために
資本投入しているそうです。
私たち個人の人生のあり方においても、大きく二つの道があります。
一つは既得権益や自己の権利を主張したりする保守・保身的人生です。
もう一つの道は、可能性を見出して、そこに新たな価値観や創造物を
生み出し育成支援する道であり、本当に価値あるものを守るためには
温故知新の立場で復活・復興・ルネサンスを目指す革新的な人生です。
どちらが21世紀の日本に必要な精神であるかは一目瞭然でしょう。
●たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい(ヒルティ)
田中 聡(さとし)
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●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
二人、三人が私の名によって集まっているところには私もその中にいる(マタイ伝18-19~20)
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