◇◇ 不可能を可能にする愛の力 ◇◇【2001年11月13日に作成した<第193回>より】
2001年11月9日NHK教育「ティーンズTV・FOR YOU『牛が教えてくれた』」を観て
●真理に逆らっては能力(チカラ)なく、真理に従えば能力あり(コリント前書13‐8)
神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。
自分でなければ他の誰もできないようなオリジナルな発想や個性ある能力を発揮させる
には、誰もが為し得ない前人未踏な分野でチャレンジすることだけではないと思います。
ノーベル物理賞を受賞された白川博士が興味深い発言をしていました。
「オリジナルな着想とは新たな視点で物事を考える事であって、他の誰もしないことを
探すことではないのです。」
白川博士の場合にも「プラスチックは電気を通さないものだ」という従来の先入観や偏見や
固定観念などを打ち破る新たな発想や視点で物事を考えられたからこそ実現できたのだと
いえるでしょう。
私は【イエスの生涯と教え】である【神の愛・隣人愛】の視点で発想すれば世界の様々な
不可能とみなされている課題もまたオリジナルな着想によって解決されると信じしています。
●愛は他のいかなるものにもまして人を賢明にさせる(ヒルティ)
●神を愛する者たちには、万事が益となるにちがいない(ロマ書8‐28)
先日のTVで北海道で乳牛を養う牧場主・出田さんが始めた理想の牧場実現への新たな
チャレンジが紹介されていて感動しました。
従来の牧畜では不可能と思われていたことを【愛の力】によって見事に実現させたのです。
現在58歳になる出田さんは子供の頃、貧しい家庭のために中学を卒業してすぐに造船所に
就職したそうです。
出田さんの【ビジョン:夢・理想・志】は壮大なもので造船所の工員では満足できません
でした。それは幼少時の貧しさゆえに飢えの悲惨さを実感していて食物の大切さを知った
ことから生まれたものでした。
「人間として大事な仕事は人間の食糧を作る事だ。
『飢え』があったら、人権もなくなってしまう。
少しでも『飢え』のない社会を作りたい!」
そこで、出田さんは農学習得を目指して大学に入るために会社を辞める決意をします。
そして、1973年には夢に見た北海道の大規模酪農場に勤めます。しかし、そこで現実を
知って疑問を抱くようになったのです。そこでは乳牛が牛舎に閉じ込められて効率優先の
ひどい扱いを受けていたからです。
ご存知のように、現在話題となっている狂牛病を産み出した肉骨粉を食べさせるような
ことにも酪農の効率優先の悲惨さが現われています。
出田さんには崇高な【ビジョン】がありました。そこには牛を愛し自然を愛する心からの
【善意・良心】が存在していたのだといえるでしょう。
たった独りからでも、彼は自分の【ビジョン】を実現させるための理想とする牧場を作る
ことを決意して目指します。
実績も権威も富も名声もない名も無き出田さんにとって、好条件の牧場などありません。
広さは充分でも、そこはあまりにも条件が悪すぎる岩だらけで斜面のある土地でした。
出田さんは当時を振返って語ってくれました。
「誰もあんなところでは酪農などしなかったでしょう。 しかし、私は資金も何もなくて
できる酪農を学んできたのです。だから私には好都合でした。」
1977年に出田さんは自分の牧場を手に入れました。
そこは冬にはマイナス30℃を超える厳冬の土地でした。一般的常識では牛舎がなければ
酪農など絶対に不可能だと誰もが考える場所でした。
しかし、出田さんは牛舎を一切廃止した自然の中で乳牛を育てる放牧を目指したのです。
さすがの乳牛にとっても冬は耐えられまいと出田さんは、栄養の高い食物や足には軟膏を
ぬって凍傷にかかるのを予防しようと努力します。
そんな乳牛の中で一部の牛だけは凍傷にならないで平気でいられることを発見するのです。
彼等の行動をしっかりと観察すると、ひんぱんに寝場所を変えていることに気づきました。
つまり、フカフカした新雪の上だとマイナス0℃以下にならないことが判ったのです。
実際に新雪の中に手を入れてみると暖かい実感があるそうです。
出田さんは雪を踏み固めることを止めて、いつも新しい雪をまくことにしました。
この自然の摂理の新発見によって牛たちは凍傷から救われたのです!
天然は【神の愛・真理】が示される【第2の聖書】とも言われます。あの美しい雪が
降るから厳しい冬でも耐えられるという発見は何と素晴らしい感動ではありませんか。
●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
出田さんは誰も見向きもしなかった斜面の土地にも種をまいて牧草を育ててみました。
すると、その「のぼり坂」によって牛たちの足腰が鍛えられて誰も病気にならないように
なったそうです。
たった独りから始めた理想の「牛舎のない牧場」は実は資金の無い出田さんには止むに
止まれずに始めたチャレンジでもありました。しかし、そのことがかえってそれまでの
酪農の固定観念や先入観や偏見を打ち破る新たな視点の着想を産み出せたのです。
岩だらけで斜面や木々に覆われた、世間では牧草地に不向きと思われた棄てられた土地が
実はそのような【コーナー・ストーン】こそが常に新時代の価値観を産み出させてくれる
のだと私は信じます。
●家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。これは主のなされたことで、私たちの
目には不思議に見える (詩篇118‐22、マタイ伝21‐42、マルコ伝12‐10、
ルカ伝20‐17、使徒行伝4‐11、 エペソ書2‐20、ペテロ第1書2‐7)
牛舎のない牧場では
◆一日中牛が外にいられる
◆手間のかかる牛糞の人為的処理が不要である ⇔ 牧草地の肥料となって有効活用
◆斜面で足腰は鍛えられ、木々を切らずにおけば日よけの役割を果たしてくれる
そして、通常の牛舎で一生を過ごさせられる普通の乳牛とは異なって、外で冬を越す
ために頭にワタ毛が生えたり、乳首に毛が生えたりするなど野生を取り戻している
そうです。
おかげで平均的乳牛の寿命よりも1.6倍も長生きしてたくさんの牛乳を与えてくれる
そうです。牛たちはたっぷり昼間遊んだ後、夜8時ごろに乳絞りをしますが、牛たちが
強制されずに自分から乳絞りの台に上がってる姿を観るとまたまた感動させられます。
謙虚で愛情深く信念と勇気ある出田さんは、いつも自然から学ぶ大切さを知っており、
牛が教えてくれる【牛からのメッセージ】を特に大切にしているそうです。
「先ずは不可能と言われてきたことを、牛に教えられてはじめてきた。牛は正直だから
すぐに答えを出してくれるから楽しいのです。」
130頭いる乳牛たちには全員にかわいい名前がつけられています。出田さんの評判を
聞いて、今では多くの若者が酪農体験にやって来るそうですが、先ずは牛全員の名前を
覚えさせることから始めるのだそうです。牛一頭一頭を知ることからはじまるからです。
出田さんのたった独りからのチャレンジが日本の酪農を大変革させるのです。まさに、
新時代の酪農の先駆者としての出田さんの活躍は【使命・天職】そのものだと思います。
「牛に助けられての25年間、理想の牧場がいつのまにか出来つつあります。
まさに北海道ドリームだね」
出田さんは誇らしげに満面の笑顔で語ってくれました。
●完全なる職業は他人を喜ばして我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)
●偉大なことを成し遂げるのは、それ以外に為すことのできない人のみである(ヒルティ)
出田さんはいつまでもロマンを求める青年の心を持った人物でした。それは【キリスト精神】
そのものです。
●青年、壮者とは;
常に不可能を計画する人
常に大改革を望む人
常に詩人的にして夢想する人
常に利害にうとき人
常に危険を感ぜざる人 (内村鑑三)
皆さんも、新たな視点に立っての着想によって、従来の価値観を打破した新たなチャレンジを
されることを心から応援します。そして、いつまでも青春時代をお過ごし下さい。
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)