【2022年4月3日に作成した<第750回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で<からし種信仰>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&神愛奇蹟】です!
此の世で生きる限りは国家的・民族的・社会的に個人にも突然の患難辛苦が到来します。
しかし後になって考えれば大半は何かしらの前兆・予兆があったことが理解できます。
戦争や天変地異などは予測できても自助努力だけで防ぐのも生存も再起することも困難で
多種多様な<宗教的祈祷・儀式>が世界中で国家的にも個人的にも行われ続けています。
【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
<全智・全能・全愛><いつも一緒!>【神の愛=主イエス】を心に迎え入れるならば
【神の愛=主イエス・聖霊・真理の御霊】が私でも誰にでも心に未来永劫常駐してくれて
各自の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と<一体化・連帯化・協働化>してくれるので
私の実体験では<直訴:泣き言・陳情・苦情>的「お願いします!」は一切不要です。
【神の愛=主イエス・聖霊・真理の御霊】は私が祈る前から願望を御存知だからです。
また患難辛苦に直面して祈る言葉も思いつかない苦難状況の「うめき」でさえも理解し
苦難にある人々のために身代わりの祈りやとりなしまでもしてくれます!
●あなた方の父なる神は、あなた方がお願いする先に、
あなた方に必要なものを知っておられる(マタイ伝6-8)
●彼らが呼ばないうちに私(主)は答え、彼らがまだ語っているうちに私は聞く。
(イザヤ書65‐24)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊自ら言葉にあらわせない
切なるうめきをもって、私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
私を平和のうちに救い出してくださる。
私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●神は、いかなる患難の中にいる時でも、私たちを慰めて下さり、
また、私たち自身も、神に慰めていいただくその慰めをもって、
あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。
(コリント後書1-4)
●主は助けを求める人の叫びを聞き、苦難から常に彼らを助け出される(詩篇34-18)
私の日常は自業自得や因果応報の世間的自己責任で直面する患難辛苦が多発していますが
<直訴:泣き言・陳情・苦情>するのは余りにも恐れ多くて元々祈ることは困難でした。
それでも【神の愛=主イエス】は<神愛の御手:導き手・助け手・癒し手>を差し伸べて
恵み深き<神愛神助:祝福・恩恵>【神愛奇蹟】で神愛解決してくれています!
それは私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が【神愛力=隣人愛】で抱き続ける
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を守るためであることが
私には実感できます。【ビジョン:理想・夢望・念志】には【神の愛=主イエス】からの
【御心:聖意・聖旨】【御言葉・ラブレター】が込められているからです!
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
かつ実現に至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい。
(ピリピ書2-13~14)
●<キリストの手紙>(コリント後書3-3)
口語訳
あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、
墨によらず生ける神の霊によって書かれ、
石の板にではなく人の心の板に書かれたものである事をはっきり現している。
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21 )
●まことに、御言葉は、あなたのごく身近くにあり、あなたの口にあり、
あなたの心にあって、あなたはこれを行なう事ができる(申命記30‐14)
●御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある(ロマ書10‐8)
●私はすべての人にわが霊を注ぐ。
あなた方の息子や娘は預言し、
年寄りは夢を見、
若者は幻を見る(ヨエル書2-28~29)
【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
<全智・全能・全愛><いつも一緒!>【神の愛=主イエス】と共に活かされるならば
【青春:幼な心・青年の心】<熱き思い燃える心>【霊性:魂[勇気]・善意・良心】で
抱き続ける【神愛力=隣人愛】に輝く【ビジョン:理想・夢望・念志】が主役となって
<邪魔症候群:邪意・邪心・邪気><邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>も
<7つの大罪:傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲>で起こす患難辛苦までも
【主イエス】再臨で地上誕生する<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>のための
【神愛特訓】【試練&召命:オーディション&リハーサル】となります!
●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
魂の父は、私たちの益のために、
そのきよさに預からせるために そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
むしろ悲しいものと思われる。しかし、後になれば、
それによって鍛えられる者に平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
主から責められ懲らしめられても、
弱り果て力を落としてはいけない。
なぜなら、主は愛する者を鍛え、
子として受け入れる者を皆、
鞭打たれるからである。」
あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
主の訓練を軽んじてはならない
主の叱責をいとうな
父がかわいがる子をしかるように
主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる (ヒルティ)
私の日々直面する患難辛苦を<神愛神助:祝福・恩恵>【神愛奇蹟】で克服するたびに
【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生を体得し
<不屈の楽観・楽天能力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
<無制限・無尽・無償>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】に充霊されて
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は<パワー・アップ&アップ・グレード>されて
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を<人生の旗印>に掲げる
<ビジョン具現化三原則:★求め続けよ!★尋ね(捜し)続けよ!★叩き続けよ門を!>が
<からし種の信仰>であり<患難辛苦:山>を克服できる<不死身!不滅!不退転!>を
実感できるようになりました。
●よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、
この山に向かって「ここからあそこに移れ」と言えば移るであろう。
このように、あなた方にできないことは何もないであろう(マタイ伝17-20)
●イエスは言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。
だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、
心の中で疑わず、ただ、自分の言う通りに成ると信じるなら、その通りに成る。
だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。
そうすれば、その通りになる。 (マルコ伝11-22~24)
●自由は意志の自由にかぎらず、
また思想の自由にとどまらず、実行の自由をもいう。
我れ我がなさんと欲することをなすを得て、我に真正の自由あるなり。
しかして、神がキリストをもって信者に賜う自由はこの自由なり。
困難の山をも動かし、積弊の桑樹をも抜きて海に移しうるの自由なり。
信者の特権は神の全能の使用権に他ならず(内村鑑三)
■<山を動かすの力>(内村鑑三)
活かし給え、
教え給え、
使い給えと、
わが祈求(ねが)うところはこれなり。
活動せんとせず、
教導せんとせず、
遂行せんとせず、
ただわが全身を開放して
神の恩恵の受器たらんと欲す。
進んで取らんとせず、
俟(ま)ちて享(う)けんとす。
しかしてかくのごとにして
わがもとむるところの者はことごとく与えられ、
われは力に溢れて山をも動かしうるにいたる。
奇しきかな信仰の秘訣!
●求め続けよ、さらば与えられん、
捜し続けよ、さらば見出さん、
叩き続けよ門を、さらば開かれん(ルカ11-9~10)
●求めよさらば与えられん、そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう。
(ヨハネ伝16-24)
●主は常にあなたを導き、焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、
善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)
●主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
(詩篇37-4~5)
<ビジョン具現化三原則:★求め続けよ!★尋ね(捜し)続けよ!★叩き続けよ門を!>の
<からし種の信仰>は<先取り神愛感謝>【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】となり
私が日々直面する患難辛苦・四苦八苦で孤立無援のどん底状況に落ち込んでしまっても
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!を常に口ずさみ続け
<直訴:泣き言・陳情・苦情>の代わりに<感謝のいけにえ>を捧げ続けられます!
●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】
いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである。
(テサロニケ前書5‐16~18)
●感謝のいけにえを神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ。
(詩篇50-14)
●神よ。あなたへの誓いは、私の上にあります。
私は、感謝のいけにえを、あなたにささげます(詩篇56-12)
●感謝のいけにえをささげ、御業を語り伝え、喜び歌え(詩篇107-22)
●あなたに感謝のいけにえをささげ、主の御名を呼び求めます(詩篇116-17)
●<ロビンソン・クルーソー救霊の聖句>
真心からの感謝を神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ。
苦難の日には私を呼び求めよ。私はあなたを助け出そう。
あなたは私をあがめ、私の栄光を輝かすであろう(詩篇50-15)
【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!先取神愛感謝で
世界がグレート・リセットされ始めて国難にあり個人的に患難辛苦に遭遇しようとも
【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
<全智・全能・全愛><いつも一緒!>【神の愛=主イエス】を心に招き入れることで
いつ死んでも大満足できる【ビジョン:理想・夢望・念志】を<人生の旗印>に掲げる
<ビジョン具現化三原則:★求め続けよ!★尋ね(捜し)続けよ!★叩き続けよ門を!>の
<からし種の信仰><先取り神愛感謝>【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の心意気で
<神愛神助:祝福・恩恵>【神愛奇蹟】で<不死身!不滅!不退転!>を体感しながら
<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】となって
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:神愛自由&神愛正義<隣人愛>結実】に
チャレンジし続ける活躍を心より応援しています!
●見よ、私が選んだ僕
私の心にかなう愛する者よ
私は彼に私の霊を授け
そして、彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう
彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない
彼が正義に勝ちを得させる時まで
いためられたアシを折ることがなく
くすぶる燈心を消すこともない
まことを持って公義をもたらす彼は衰えず、くじけない
ついには地に公義を打ちたてる
島々も異邦人も、その教えを待ち望み、彼の名に望みを置くだろう。
(イザヤ書42-1~4、マタイ伝12‐18~21)
●彼が、私を呼び求めれば、私は、彼に答えよう。
私は、苦しみのときに彼と共にいて、
彼を救い彼に誉れを与えよう。
私は、彼を長いいのちで満ち足らせ、私の救いを彼に見せよう(詩篇91-15)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●望みて喜び、患難に耐え、常に祈れ(ロマ書12-12)
●わがたましいよ。主をほめたたえよ。
私のうちにあるすべてのものよ。こぞって聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを穴から贖い、
あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生を良いもので満たされる。
あなたの若さは、鷲のように、新しくなる(詩篇103-2~5)
●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
一つは、奇蹟などありえないとする道。もう一つは、全てが奇蹟であるとする道。
(アインシュタイン)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
不足を覚える事がないのだ。彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
人に望みをかける必要のないよう、万事につけての忠実な世話役となるであろう。
まことに人間は直ぐに変ってゆき、たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、終りに至るまで確固として守護される。
(トマス・ア・ケンピス)
●「神は、神を愛する者たちと共に働いて、万事を益とするようにして下さる。
(ロマ書8-28)」これこそ、正当なしかも長持ちする楽観主義である。
このような事を我々は生涯においてそれが単なる「偶然」とのみは思われないほど、
たびたび経験するものである(ヒルティ)
●どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を、
堪えがたい重荷だと考えるか、
それとも自分の生活原則を実行し修練するために、
神から授けられた機会だと見るかは、
ものごとの感じ方として大きな相違である。
そして、この感じ方次第ですべてが決まるのである(ヒルティ)
●我等に必要なものは必ず与えらるべし。
しかも前もって与えれられず、必要の時に与えらるべし。
ゆえに我等は要なき物を要なき時に祈求(モト)めて
主たる我等の神を試むべからず (内村鑑三:マタイ伝4-7詩篇46-1)
●光の子らというのは、たしかに、尋常ならぬものに対して敏感であり、
かつ求めてやまぬ人たちのことである。彼等はまず、飲み、食い、
そして明日は死ぬということ以外に、
もうすこし良いものが地上にあることを願い、
このやみがたい願いと意志とから出発して、
次第に信仰に、そして最後には確信に、到達する人たちである (ヒルティ)
●高尚なる勇ましい生涯とはなんであるかというと、
この世の中はけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、
神が支配する世の中であるということを信ずることである。
失望の世の中にあらずして、
希望の世の中であることを信ずることである。
この世の中は悲嘆の世の中でなくして、
歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、
その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。
(内村鑑三)
●<信者の祈祷>(内村鑑三)
わが祈祷が聞かるるのではない。
神がわれをもって祈りたもう祈祷が聞かるるのである。
信者にありて祈祷は祈願(ねがい)ではない。預言である。
神が神に求めたもう祈祷であれば、必ず遂行せらるるべきものである。
信者の祈祷は必ず聞かるというはこの事である。
神がなさんと欲したもう事を、あらかじめ、
われをして彼に求めしめたもう、その事が祈祷である。
ゆえに言う、
「われらは祈るべきところを知らず、
されども聖霊みずから言いがたきの嘆き(熱心)をもて、
われらのために祈る(ロマ書8-26)」と。
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
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田中 聡(さとし)