【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

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【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【真・善・美】に導く【神の愛】!①

◇◇どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power(その1)◇<改訂版・再掲載>【2003年5月12日に作成した<第302回>に加筆】
★★「内村鑑三全集」から学ぶ【主イエス】の【世界人(コスモポリタン)精神】★★

●すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと
 すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
 また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)(ピリピ書4-8)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

内村鑑三は【主イエス】の【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】こそ人類にとって
【理想の世界人】の姿であり、その精神は【パウロの精神】にも受け継がれていることを
紹介しています。

パウロは<この世>に存在する【真・善・美】なるものをすべて軽視することなく
自分自身の思想のために吸収消化することを提唱しているからです。

一神教であるユダヤ教イスラム教を含めキリスト教は、世間一般的に言われることは
偏狭で【唯一絶対の神】以外を認めず、「主を信じない者は地獄行きだ!」と未信徒や
異教徒を脅すようにして教義を強引に押しつけようとするという見解です。

しかし、【キリストの教え】を単なる中東のはずれで起こったユダヤ民族内の新興宗教から全人類救済のための世界的な【福音】に導く【先駆者】となって、異教徒への世界伝道を目指した【パウロの精神】は全く異なっているのです。

<牧会書簡(テモテ前・後書、テトス書)>を除き<パウロの書簡集>の中で特に代表的な
「ロマ書」「コリント前書・後書」「ガラテヤ書」に目を通してみてください。

全ては強引な【命令口調】ではなくて、【お願い・望み口調】であることを知るでしょう。

パウロは異教徒の文明風習の中にも【真・善・美】に通じる見習うべき事柄はたくさんあり、積極的に発見し学び取ることを重んじたのです。

内村鑑三の解釈によって冒頭の「ピリピ書4‐8」を現すならば、

★すべて真実なこと、すべて敬う(尊ぶ)べきこと     ⇔【宗教的真理】
★すべて正しき(公義)なこと、すべて純真(清潔)なこと ⇔【道徳的善行】
★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、
 すべて称賛すべき(耳に善き響きある)こと       ⇔【審美的美事】 

徳といわれるもの、誉れ(称賛に値するもの)があれば、すべてを聞き捨てずに、深き思想の材料とする態度こそが【世界人・コスモポリタン】の精神に通じるといえるでしょう。

しかし、あらゆる思想・哲学・宗教観・道徳理想を吸収しても、そのままでは、かえって
精神的分裂や自己が定まらず不安だらけとなって危険なこともあります。

従って、自分の思想として身につけるために【消化】しなくてはならないと思います。
そのために偏見・先入観のない歴史的・世界的視野の曇り無き【心】【目】【耳】が
必要不可欠ではないでしょうか。

そんな立派な【心】と【目】と【耳】を自分自身の経験と能力と知恵だけで装備する事が
果たして可能でしょうか?少なくとも無教養で浅学な私には無理です。

そんな無一物の私にも【ビッグ・チャンス】があり、一切の心配御無用です!

私には私の身代わりに【理想の世界人】として【心】と【目】と【耳】となってくれる、
【神の愛=主イエス聖霊】がいてくれるからです!ハレルヤ!感謝します! 

【神の愛=主イエス聖霊】を【心】に受け入れると、いつのまにか【心の天井】が
【大聖堂】のように高くなります。

●汝らも心を広くして我に応ぜよ(我れ我が子に対する如く言うなり)(コリント後書6-13)
●苦しみ悩みのうちから、私の主を呼び求めた
 主は私に応えて、私を広いところに置かれた(Set me free)
 主は私の味方、私は恐れない
 人は私に何ができようか(詩篇118-5~6)
●私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです
詩篇119-32)

自分だけで私有していた【我が心】は偏狭で、まるで安普請のワンルーム賃貸マンションのような
殺風景な部屋であったのが【神の愛=主イエス聖霊】を【心】に迎えることによって、
そこはどんな事柄も吸収・消化できる【目】と【耳】を兼ね備えた【無限の図書館】が
生まれるのです!

内村鑑三新渡戸稲造は、いち早く日本の誇るべき代表的人物<西郷隆盛二宮尊徳
上杉鷹山日蓮中江藤樹>や日本の伝統である「武士道」について世界中に向けて
解りやすく伝えてくれた日本人です。

彼等も【神の愛=主イエス聖霊】の【心】【目】【耳】を備えた【キリスト精神】に
満ち溢れた<世界人>だったからこそ、全世界で通じる共通の【徳】や【誉れ】や
【真・善・美】として明解に語り伝えることができたのだと思います。

もし、明治政府の政治家や官僚が中心で国家政策として日本の<代表者・伝統文化>を
選ぼうとしたならばどうだったでしょう。

内村鑑三の編纂のようにすんなりと行かなかったと思います。恐らく誰を選ぶべきかの
人選だけでも時間と労力がかかって大変だったと思います。

多くの民族が宗教改革によってキリスト教に改宗したことはご存知の通りです。
しかし、ギリシャ、ローマ、ロシア、英国、イギリス、ドイツ、フランスなど
どれも全く同じ<キリスト教文化>にはなりませんでした。

それどころか、かえって民族の独自性が開花され国家も個人も、少なくとも
【自主独立】の【キリスト精神】が土台として根ざす事になったと思います。

●独立を説くなかれ、キリストを説くべし(内村鑑三
●キリストは人類、特に信者の万事万物である。
 キリストを有して我らは万物を有する。
 我らは主を信じて単に我らの霊魂を救われるのではない。主によりて父なる神より
 万物を賜わる資格を得る(内村鑑三
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)

植民地になって、キリスト教に改宗されて行った南米諸国でもアフリカ諸国でも、
宗主国から独立した後に、本当の民族精神に目覚めるようになって、自分たちの
民族のルーツを改めて研究し尊重するような動きがたくさんの国で見られます。

彼等の心に【キリスト精神】が注がれたので、世界的視野で自分の<民族精神>に
誇りと自尊を抱けるようになり、改めて見つめ直すことができたのだと確信します。

●神にすがる依頼心ありて始めて真個の独立と威厳と自尊はあるなり(内村鑑三
●キリストを神として拝するも我等の良心は少しも品性の堕落を感じません。
 のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、富豪を崇拝して威権を隕(オト)せし
 国民もイエスを神として崇め奉りて、その失いし自由と独立を回復した例は
 人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三

私は植民地政策で現地の風習・文明が破戒されて無理やりに<キリスト教文明>を
吸収させられたことは、決して不条理な悲劇ではないと思っています。

ある時代に繁栄したマヤ文明やインカ文明にしても、スペインが訪れる前に、
既に跡形もなくなっていたり、文明崩壊の末期にありました。何故でしょうか?

現代の独裁的国家にも通じると思いますが、恐らくあまりにも民衆を迫害する
独裁的権力者が支配していたために、権力者側は豊かな繁栄を極めたとしても
持続はできずに、やがて部族間の権力争いの時代を迎え、次に政治権力の座に
ついた権力者は過去を継承せず、一切を歴史から消してしまったのだと思います。

これは私の勝手な歴史観であり、異論も反論もあるかと思いますがご容赦下さい。

日本でも戦前の大本営の記録が消失されたり、一部の証言者が30年後になって
ようやく公言するなど、歴史を正しく継承することは容易ではないと思います。

ギリシャ科学・哲学も権力闘争や教会権威の弾圧隠蔽によって一度は失われても、
イスラムに守られ、やがて数百年の後のルネサンス期になってイタリアで見事に
復活したと聞きます。

その際に、弾圧していた教会権威に属する修道士たちが多くのギリシャの書物を
集めて密かに秘蔵していたことが貢献したとも聞きます。

インカ文明を破壊してしまったスペイン人の中で、たった一人の神父がインカの
遺跡に興味を抱き、記録を残したので、現代に通じる解明への道が保たれたとも
聞きます。

彼等もまた【パウロの姿勢】と【キリスト精神】に従って、<この世>の全ての
【真・善・美】に関心を示しなさいという【神の愛=主イエス】に従ってくれた
【愛と自由の戦士】です!

●【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
 【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
 【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
 【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
 すべてをおおい包み、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える
 【愛】はいつまでも絶えることがない(コリント前書13-4~8)
●人間の使命は、自分の霊を守ることである。自分の霊を守るということは、
 それを育て、それを拡大せしめることである(トルストイ)
●愛は平和ではない。愛は戦いである。武器の替わりが誠であるだけで、それは
 地上における、最も厳しい、激しい、自らを捨ててかからねばならない戦いである
 (ガンジー

個人でも民族・国家の偉業でも、たとえ当時の権力者・敵対勢力が抹殺しても
【真・善・美】は必ず【真理の光:神の愛】の導きで見つけ出される証明です!

●人の子が来たのは、失われたものを尋ね出して救うためである(ルカ伝19‐10)
●私を失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み
 病気のものを力づける(エゼキエル書34‐16)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)
●魂には眼がある。その眼だけが真理を認める(プラトン
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
 ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー
●人類の哲学の歴史は、人類の魂の歴史である(ヘレン・ケラー

★★【その2】につづく★★