【ビジョン&使命・天職】で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く【神の愛=主イエス】!!

AMEN!HALLELUJAH!THANKS JESUS KINGDOM! Good luck & God bless you!

【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観> 【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】

【聖書】で体感できる【神の愛】!

■<一日一生:4月20日>(内村鑑三
                                        
 ●このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』
  なのである。この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、
  これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。
  (使徒行伝4-11~12)

 新約聖書はある一つの明白なる、

 確実なることを伝える。

 それは主イエス・キリストである。

 彼がその主人公であるのである。

 彼を世に示さんがためにその二十七書は書かれたのである。

 彼を種々の方面より見たるその記録が新約聖書である。

 その見方の異なるは、

 見る立場と人とが異なるからである。

 しかして異なりたる方面より異なりたる人が見て、

 ここに最も完全に彼が世に示されたのである。

 われらはキリストを知らんと欲して聖書を学ぶのである。

 しかして人はかならずしもその発せし言辞(ことば)ではない。

 またかならずしもそのなせし行(わざ)でもない。

 その言辞と行為とをとおして伝わる精神である、霊である。

 われらはキリストの精神を知り、

 その霊を受けんために聖書に行くのである。

★★★

新約聖書】は【イエスの生涯と教え】を【四福音書】の<四方面>から立体的に描いて
くれました。

内村鑑三の解釈を簡単に改めて紹介します。(メルマガ第14回・2000年11月18日)

■マタイ伝 ⇔ ユダヤ人からみたイエス=道徳 ~メシア(救世主)としてのイエス 
         ⇔ 神の国の王

■マルコ伝 ⇔ ローマ人からみたイエス=能力 ~公的精神の完全なる実現者
         ⇔ 主の僕  *行動的 記述の特徴「~するとすぐ・・・」 

■ルカ伝  ⇔ ギリシャ人からみたイエス=恩恵 ~情の人、美の人、人道の人
         ⇔ (ギリシャ人にとって)理想的な人

ヨハネ伝 ⇔ 人類的のイエス=本姓 ~時間空間を超えた絶大なる宇宙的哲学観
         ⇔ 全人類的な神の子イエス

いつでもどこでも【新約聖書】に無限大の【神の愛のパワー】を発見し体感できるのは
【イエスの生涯と教え】について≪四方面≫から示した四つの【福音書】があるからだと
思います。

【四福音書】のおかげで、どんな生い立ちや境遇にあろうと世界中のどんな人種民族でも、多種多様の文化風習でも、または人生のあらゆる段階で老若男女全ての個人が、いつでも、どこでも【四福音書】を<自由>に心に受入れる事が可能となったのだと思います。

【四福音書】のおかげで【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な【神の愛=主イエス】を体感できる事は<歓喜!感動!感謝!>です!

●全ての聖徒と共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるか
 理解する事ができ、また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、そして遂には、
 神の満ちあふれる豊かさの全てにあずかり、あなた方が満たされますように、と祈る。
 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちが願い求めまた思うところの一切を、
 はるかに越えてかなえて豊かに施すことができる方に教会により、
 また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくあるように、アーメン。
(エペソ書3-18~20)

さらに【聖書】を通じて【神の愛=主イエス】に近づく【信仰:信愛・信頼・信従】が
<4方面>あることも理解できます。

●四大使徒の信仰(内村鑑三
 ★ヤコブの信仰は律法の信仰
 ★ペテロの信仰は訓練の信仰
 ★パウロの信仰は信仰の信仰
 ★ヨハネの信仰は愛の信仰

現代的に【四福音書】を解釈するならば、

■マタイ伝 = ヤコブの律法主義 = ≪結果重視≫の見方・考え方
■マルコ伝 = ペテロの訓練主義 = ≪プロセス重視≫の見方・考え方
■ルカ伝  = パウロの信仰主義 = ≪心意気(人格)重視≫の見方・考え方
ヨハネ伝 = ヨハネの神愛主義 = ≪ビジョン〔意思と計画〕重視≫の見方・考え方

この≪四方面≫の見方・考え方で評価すれば、どんな人物や物事でも理解できて、正確に
判断できるのではないでしょうか。

【主イエス】を含めて歴史的偉人についても様々な視点から伝記や評伝が登場しますが、
【四福音書】のように<多面的>に著された人物評はほとんどないと思います。

私たちの個人的な<生き様><死に様>にしても、<事業の在り方><国家民族の歴史>にしても、同じように【聖書】の≪四方面の見方・考え方≫が役立つと思います。

●聖書は全て神の霊感を受け導かれ書かれたものであり、人に教え、戒め、正しくし、
 義に導くのに有益である(テモテ後書3-16)
●なんという書であるか。世界だけそれだけ広くかつ大きく、造化の根底に根ざし、
 青空の密室にまでそびゆ。日の出と日の入りと、約束と成就と、生と死と、
 人類のすべての理想とはこの書の中にあり(ハイネ:内村鑑三訳)

皆さんが【聖書】を通じて<最高!最善!最美!>の【神の愛=主イエス】を体感して、
【聖書】に流れる【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】を体得して、心に抱く【ビジョン:理想・夢・志】に【御心:聖意・聖旨】である【ミッション:使命・天職】を自覚して、<不屈の楽天主義・楽観論>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】で活躍される事を心より応援しています!

●<神意と人意>(内村鑑三
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●<積極的人生>(内村鑑三
 すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!>
●聖書には、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてある。
 ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、同じ主が、すべての人の主であり、
 御自分(主)を呼び求めるすべての人を豊かに恵み深くあられる。
 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである
(ロマ書10-11~13)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
 それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
 どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、キリスト・イエス
 ならって互いに同じ思いを抱かせ、 心を一つにし、声を合わせて、私たちの
 主イエス・キリストの父なる神をほめたたえあがめさせて下さるように
 (ロマ書15-4~6)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!